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没後50年 鏑木清方展:4 /東京国立近代美術館

承前

清方ノスタルジア

 東京展の最初の1点め・18歳時の《初冬の雨》(個人蔵)と2点め・77歳時の《十一月の雨》(上原美術館)。前者には焼き芋屋が、後者には焼き芋屋と絵双紙屋が描かれている。
 その隣に続いて並べられていた3点め《絵双紙屋の店》(弥生美術館)は、絵双紙屋のみを描いたものだった。
 「焼き芋屋→焼き芋屋・絵双紙屋→絵双紙屋」というこの流れには、うなった。《絵双紙屋の店》は大正8年の作で、制作時期はばらけているのだけれど、違和感なくつながっているのだ。
 それに、浮世絵版画や版本を売る絵双紙屋は、古典学習を重んじた清方の画家としての原点のひとつともいえる。そういった意味でも、冒頭の作としてふさわしいではないか。

 これら3点はいずれも、少年時代の鮮明な記憶を絵にしたもの。道具ひとつひとつの描写の細密・明瞭さ、そして長年にわたって繰り返し絵画化している点からは、清方にとってその記憶がいかに大切なものであったかがよく伝わってくる。
 この「ノスタルジー」は、清方を語るうえで非常に重要なキーワード。サントリー美術館で開催された回顧展(2009年)の名称も「清方ノスタルジア」だった。
 神田に生まれ、築地・銀座界隈で多感な時期を過ごし、画業のスタートを切った清方。江戸の面影が残る東京の街に生まれ育ち、その生活文化にどっぷり浸かることで、「清方好み」は形成されたのだった。

 一時期の横浜・金沢八景への滞在や晩年の鎌倉在住によって、江戸・東京が彼のなかで相対化されたことも、その「好み」をさらに強める傾向につながったことだろう。
 清方の描いた場所は、ほとんどが江戸・東京の範囲内や、それとおぼしき場所となっている。よほど気に入ったらしい金沢や、郊外の温泉地を描いたもの、特定の物語を主題に選んだものを除けば、ほぼそのようなものとなる。京都や大阪、奈良など上方の名所やその風情を感じさせる作は、驚くほどに少ないのだ。

 清方は「ノスタルジーの画家」――そういった意味からも、《築地明石町》はじめ3部作こそが、名実ともに清方の代表作なのだといえるのだろう。(つづく




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