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北斎 グレートウェーブ・インパクト ―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―:1 /すみだ北斎美術館

 いわずと知れた、葛飾北斎の《冨嶽三十六景  神奈川沖浪裏》(通称「波裏」 )。
 時代や国境を超えて、人びとを魅了してやまない "The Great Wave" 誕生の秘密に、多角的な視点から迫る展覧会である。

 なぜいま、「波裏」か。
 答えは明快。新紙幣・1000円札の裏面として、「波裏」が満を持して採用されたからである。
 7月3日の流通開始に合わせ、6月18日から8月25日まで開催されている本展。閉幕間近、滑り込みでレビューしてみたい。

 展示室に入って、さっそく主役の登場。
  「まずは、こちらをご覧ください」とばかりに、あいさつ代わりの「波裏」だ。
 すみだ北斎美術館では「波裏」を2点所蔵、1点の寄託を受けており、前・後期での入れ替えや異なる章での同時展示が可能。拝見した前期の「波裏」は、背景の空にもくもくと雲の湧きあがるさまがくっきりと確認できる、よい摺りの一枚だった。
 そして、「波裏」左の壁つきケースには、新1000円札をうやうやしく展示。

 作品リストには、こうあった。

6/18~7/3:パネル
7/4~8/25:実物展示

 流通開始は7月3日であるから、当然といえば当然のスケジュールだろう。
 わたしが訪れたのは、直後の7月7日。ガラスケースの向こうにある新札をながめながら「実物を初めて見た……」と思った記憶があるが、じつは、いまだにお目にかかれていない。
 新1万円札はもう見馴れたけれど、新5000円札と新1000円札は幻の存在。現金そのものを使わなくなってもいる。いつになったら、出合えるのやら。
 ともかくも名画「波裏」を、新札によって身近かつフレッシュな印象で捉えなおすことができる、まさしく「つかみはOK」といえそうなプロローグであった。

 つづく第1章では、西洋画法からの影響がうかがえる、北斎とその一門の作品を紹介。線遠近法やベロ藍の使用など「波裏」登場の前提を整理し、「波裏」誕生の必然性を示す。
 解説では「波裏」の魅力が「大胆な構図」「美しい青い色」に集約させて語られていた。それぞれの要素の淵源が、ヨーロッパに求められるというわけだ。
 
 第2章では、画業のはじめからおわりまで、北斎による波の描写を追っていく。
 司馬江漢が描き、芝の愛宕神社に奉納された油彩画《相州鎌倉七里浜図》(神戸市立博物館。本展には類品が出品)は、当時の絵師たちに絶大なインパクトを与え、多くのフォロワーを生んだ。

 北斎もそのひとり。壮大な風景のなかの一部でしかなかった波濤が、やがて単独のモチーフとして切り取られ、北斎流のアレンジが加わって、"The Great Wave" へと進化を遂げていくのである。

 他にも歌川国芳や広重、また北斎一門などによる江漢を意識したとおぼしき作も、本展では展覧されていた。

 北斎40代半ばの《賀奈川沖本杢之図》(すみだ北斎美術館)。後年、70歳代で描いた「浪裏」とは、その迫力に大きな差がある。トラとネコくらいの違いといえそうなほどだ。

 相違点として、波頭(なみがしら)やしぶきの表現がまだ控えめだという点が挙げられる。
 本展では、酒井抱一編による版本『光琳百図』から、波濤の図を掲出。文化12年(1815)の百回忌を機に再評価の進んだ尾形光琳が描く波頭からの影響関係が提示されていた。

 同じ文化期に北斎が手がけた版本の挿絵には、鈎爪に似た奇っ怪な波頭・しぶきがみられはじめる。会場ではそういった例を示す版本とともに、そのルーツと思われる明代の中国絵画や南蘋派による描写を、他作家の作品から紹介している。

 ——ありとあらゆる画派・画法を、自家薬籠中のものとした北斎。
  「浪裏」もまた、北斎自身がさまざまなソースから得たインパクトを旺盛に取り入れ、熟成させていった成果なのだということが、本展では実物を用いて、ていねいに解説されていたのだった。(つづく


神奈川・稲村ヶ崎あたりに立つ波。
2020年2月撮影



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