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北斎 グレートウェーブ・インパクト ―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―:2 /すみだ北斎美術館

承前

 葛飾北斎の代表作《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(天保2年〈1831〉頃)、通称「浪裏」に迫る本展。

 じつは、展示作品は風景画だけではない。植物や幽霊を描いた作も出ていた。
 なぜかというと、構図感覚や画面の使い方に関して、「浪裏」との共通性が見受けられる作品だからだ。
 たとえば《芥子》(天保〈1830-44〉初期頃  すみだ北斎美術館)。あるいは《百物語  さらやしき》(天保2~3年〈1831-32〉頃  すみだ北斎美術館)。
 ぐるんと旋回するように半円を描く、北斎好みのこういった構図感覚は「伸暢(しんちょう)感覚」と呼ばれている。2作とほぼ同時期の作である「浪裏」のダイナミックな大波もまた、この系譜に連なるわけだ。
 このように「波裏」 誕生にあたっての諸条件を1・2章でつぶさに確認したうえで、改めて「波裏」を拝見すると、それらすべての要素が複合的に合わさってこの絵ができていることが、よくうなずけたのであった。

 本展では「波裏」の「その後」に関しても、追っていく。
 『富嶽百景』二編の「海上の不二」(天保6年〈1835〉頃  すみだ北斎美術館)。

 しばしば指摘されるとおり、まるで波が千鳥の群れに次々と化けていくかのように、散っていく。

 最晩年・88歳時の肉筆画《波濤図》(弘化4年〈1847〉 スミソニアン国立アジア美術館=複製を展示)。この波は……獰猛な怪物に似ている。
 この絵を観れば、「波というモチーフが、最後の最後まで北斎を挑戦に駆り立てたのだ」ともいえそうであるし、同時に「まだまだ変化の余地を残していたのかも」という予感だってする。どちらにしても、破格の波だろう。

 ほかにも、「浪裏」との関連性を思わせる、同時代もしくは少しあとの作例を、北斎一門や広重・国芳ら歌川派の作品によって紹介して、第1会場の展示は終了となった。

 上の階の第2会場は、雰囲気をガラリと変え、現代に息づく「浪裏」のイメージがこれでもかと氾濫する空間に。
  「浪裏」を左右反転させた福田美蘭の作品(1996年  下図)に、日比谷図書文化館で先日拝見したばかりのマンガ家・しりあがり寿による「ちょっと可笑しなほぼ冨嶽三十六景」シリーズ(2021年)。いずれも、「浪裏」のイメージや有名性を逆手にとった表現だ。

 展示はさらにアートを抜け出し、商業デザインの世界へ。これがまた興味深い。
 日本の切手にウガンダの切手、レゴブロック、アサヒの生ビール缶、ポテトチップスに堅あげポテト……すべて、「浪裏」がモチーフなのである。

 ちょっと興奮したのは、永谷園の「お茶づけ海苔」についてくるカードのセットが、ケースの中に展示されていたこと。
 1パックにランダムで1枚が封入されており、その端の応募券を集めて送ると、希望のコンプリートセットがもれなくもらえる仕組み。少年期のわたしは、これで北斎に広重、歌麿、写楽、印象派や日本のお祭りを知った。このなかに《冨嶽三十六景》のセットがあったのだ。
 実家に置いてあるものが、ガラスケースの向こうに。なんだか、ふしぎな感覚。

 ——「グレートウェーブ・インパクト」の余波を存分に感じながら、酷暑真っ盛りの外へ。残暑厳しい折にこそ楽しめそうな、涼感ある展示内容といえよう。
 25日まで。


富山・氷見の砂浜。2018年撮影



 ※長野・小布施の北斎館では、ほぼ同じ会期で「北斎進化論」を開催。「新紙幣発行記念」を銘打ち、やはり「浪裏」がメインビジュアル。こちらは先週で閉幕。



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