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福島県立美術館のコレクション展:1

 新幹線で仙台へ向かう途中、福島に寄り道してきた。
 福島駅始発の福島交通飯坂線に乗り換え、まずは2駅先の福島県立美術館を攻略。そこから終点まで乗って、飯坂温泉の公衆浴場で日帰り入浴としゃれこもうという魂胆。
 その割に、大して時間はない。どうなることやら……

レトロな飯坂線

 福島県美への来訪は20数年ぶり、2度め。前回はバスを利用したから、電車では初めてである。
  「美術館・図書館前」という、文化の香り漂う名の無人駅で下車。目の前に、見覚えのある建物が現れた。

左が美術館、右が図書館。背後の山は信夫山のある山塊の一部。信夫山は、古来より歌枕の地として知られる
美術館の赤系の屋根は、茅葺き屋根をどこか思わせる。形状が似ているのみならず、このような塗装の金属板で葺き替えた例がよくみられることも、理由としてあるかと思う

 企画展はお休み中で、「第Ⅳ期コレクション展」のみを拝見してきた。

 まずは、近代の日本画と洋画。
 現在の白河市に生まれた関根正二は、この館が最も力を入れている作家のひとり。今回は5点が出品。
 《姉弟(あねおとうと)》。

 近くで観ればそうでもないけれど、全体としては、水面から川底を覗きこんだようにおぼろげな画面だと感じた。
 そのなかにあって、ふたりの顔だけがはっきりくっきり描かれており、ある意味、浮いている。夢や幻、遠い記憶のなかの景色であろうことをより強く印象づけるのは、このアンバランスさゆえだろうか。
 本作を、どのように受けとめるだろう。温かな郷愁か、はたまた言い知れぬ暗さ・怖さか。おそらく、どちらもありえよう。

 正二のほかにも、大正期の洋画を陳列。
 淡い水彩でメルヘン的な情景を描く、古賀春江《赤い風景》(1926年)。
 夢や幻とおぼしき点は正二と同じだが、こちらはさらにふわふわとした世界で、やさしく、おもしろい。とくに惹かれた絵。絵はがきが出ていなかったのが、つくづく悔やまれる。
 同年の制作でほぼ同寸、同名の絵(下図)が、東京国立近代美術館にある。


 同じ部屋のもう半分では、戦後の日本画を特集。
 日本画の破壊者であり創造者・横山操の《闇迫る》(1958年。画像はこちらのページに)。
 凸凹だらけの真っ黒な荒野、燃えさかる夕空。とくに黒系統の激しさ・マチエールの多様さは圧巻で、屏風のなかの黄昏に、たちまち取り込まれてしまったのだった。中央にたたずむ銀箔の枯れ木の、なんと哀しく、力強いことか……このあたりが写真では伝わりづらく、歯がゆくてならない。

 ※こちらの動画の1分40秒〜に、よりクリアな《闇迫る》が映っている。


 《闇迫る》の正面には、佐藤玄々(朝山)の木彫が。日本橋三越の天女像で知られるが、相馬市の出身。郷土の作家である。
 《牝猫》(1928年)。背中を舐めはじめる寸前だろうか、猫のしなやかさ、柔軟さをよく示す一瞬を、熟練の彫技で捉えている。

 観ているうちに、千葉のわが家で留守番をしている、わが猫が思い出された。
 同じポーズこそすれ、こんなに引き締まってスリムではないし、牡猫なのだけれど……(つづく

新幹線の車窓より。まもなく福島



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