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大地に耳をすます 気配と手ざわり /東京都美術館

 自然と人間とのかかわりをテーマに5人の現代美術作家を取り上げる、オムニバス形式の展示である。「デ・キリコ展」の入り口脇で、ひっそりと開催。
 5名とは写真の川村喜一(1990〜)、木版画のふるさかはるか(1976〜)、水彩画の倉科光子(1961〜)、油彩画の榎本裕一、パステル画とインスタレーションのミロコマチコ(1981〜)。
 このうち、最も知名度の高いミロコマチコの作品を、ポスターやリーフレットに起用。会場でも吹き抜け下のホールに大規模展開されており、地下1階の受付から地下2〜3階とエスカレーターで下っていく際にも、ミロコマチコの展示空間がよく見えるようになっていた。

本展リーフレット
地下2階から地下3階へ、ミロコマチコのスペースを望む。中央の円形は、内側がインスタレーション、外側が絵本原画の展示


 技法や作風、モチーフがそれぞれに異なる5名の作品のうち、とりわけ魅かれたのは、倉科光子による植物の水彩だった。

倉科光子《39°42'03"N 141°58'15"E》(2015〜21年 作家蔵)

 たいへん緻密な植物画である。
 作者の経歴を確かめると、手描友禅の仕事に従事、東京農業大学で植物の生態を学んだとあり、こういった根気を要する細密描写ができてしまうのも納得。きっと、生物学的にみても正確な描写がなされているのだろう。
 描かれる植物はモチーフ然・よそゆきの姿をしておらず、「野にある花」といった趣。花屋の店頭にはまずない、それこそ散歩中に道端でみつけられそうな、さりげない光景のように感じられる。
 それでいて、どこかぼやけた、幻想に似た空気感をまとってもいる。水彩という技法による効果もあるだろうか。

 作者の出品作はどれも、このような傾向をみせていた。
 しかし、ひとたびキャプションに目を向け、作品名に込められた意味を知り、添えられたテキストを読んでいくうちに……単なる植物画ではなかったことに気づかされ、観る目が変わっていく。
 まず、作品名称となっている文字列《39°42'03 "N 141°58'15"E》。お察しのとおり位置情報を示しており、地図アプリの検索窓にコピペすれば、特定の場所——岩手県宮古市の海岸がヒットする。
 そして、キャプションに添えられた言葉とは……

津波から4年後 初夏
津波の引き潮は内陸の植物を海岸に運んだ
内陸の植物がどんなに繁茂しようと
ハマエンドウは覆い隠す勢いをゆるめない

岩手県宮古市 2015年5月20日

 見目麗しく、心地よくすらあった素朴な草花の群生ぶりが、とたんに「生」を問いかける存在としてこちらに迫ってくる。

 東日本大震災の津波を受けた地域では、植生にも変化が生じた。
 被災後の大地にしっかりと根を張り、仲間を増やして、たくましく生きる植物のありさまを丹念に観察し、絵に表したのがこの「tsunami plants」シリーズである。

《38°13'51"N 140°59'42"E》(2022年)
津波に耐えたハマヒルガオが、防波堤の裾野に広がっている(宮城県仙台市)
《38°13'09"N 140°59'03 "E》(2023年~)。かつて住宅が立ち並んでいた場所に、フジが延々と生い茂る。からみつけるようなものは、なにもない(宮城県仙台市)


   「Certain place」のシリーズは、津波の浸水域にかぎらず、震災によりなんらかの環境変化を余儀なくされた土地における植物の様態を描きだす。

《Certain place in Gunma》(2012年)。「ホットスポット」と呼ばれた、放射線量の高かった場所にブナが芽生えている(群馬県)
《Certain place in Fukushima》(2018~20年)。津波によって種子が運ばれ、福島に数十年ぶりに根を張ったスナビキソウ(福島県)


 どの作品においても、自然へ注がれた丹念な観察のまなざしと、そこから得られた草花の「こしかた」への鋭敏な気づきが、1枚の植物画として昇華されている。
 そこには、厳しい環境に身をさらしたとて、たくましく生き延びようとする植物の姿が生々しいまでに描写され、ときに恐ろしさや畏怖すら感じさせた。
 同時に、たとえはっきりとした声を発せずとも、逆境に屈せず、また立ち上がる草花たちの姿は、再起するための力をわたしたちに授けてくれているようでもあった。
 このように、こちらへ訴えかけてくる存在感は、写真ではなく絵画によってこそ、際立たせることができるのだろう。


 ——もうひとつ、他に挙げるとすれば、川村喜一による写真の展示。
 知床に移住、アイヌ犬・ウパシとともに狩猟をして暮らす日々をパッチワーク的に構成。こちらも「生」を問いかける。


 都会で暮らしていると忘れがちな感覚が呼び覚まされる展示内容。
 大地震という来たるべき脅威を、改めて意識させられた今だからこそ、観ておきたい展示だと思われた。10月9日まで。


前川國男設計の東京都美術館。間接照明の室内に、鮮やかなカラーリングのスツールが映える


都美館の本展公式ページ


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