芳幾・芳年 国芳門下の2大ライバル:3 /三菱一号館美術館
(承前)
単に「浮世絵」というと、多くの場合「浮世絵版画」を指す。そうでないものを指し示すならば、「肉筆」をつけないと話が通じにくい。
版画と肉筆画のどちらに力を入れるか、配分は絵師によりけりだが、少なくともわたしのなかでは、芳幾・芳年に肉筆画の印象はほとんどなかった。これまでに開かれてきた展示でも、肉筆作品は参考やおまけ程度だったのではと思う。
本展では、のっけから肉筆の大作がデデン!と2点も並び、その先には肉筆画だけを集めた章が設けられていた。最後にちょろっとではなく、バリバリの本編である。
これによってはじめて、芳幾・芳年の肉筆作品が相当数残っていること、そして力量のほどが実感できたのであった。
デデン!と本展の冒頭に並んだのは、次の2点。
右の屏風の各扇は、もともと芝居小屋の表に掲げる「絵看板」として描かれたため、二曲一隻といえどかなりの大判だ。また左は神社に奉納された額で、縦148×横240センチという巨大なもの。
小画面の浮世絵版画をたくさん観るぞと勇んで展示室に入ってみれば、この2点である。驚いた。
いずれも至近距離からの鑑賞を想定せずに描かれたものだが、近づいてみても充分に鑑賞に堪えるものだった。
とくに、芳年の奉納額は緻密。火消したちの顔や仕草の描き分けから、江戸っ子らしい気質が伝わってくるようだった。
肉筆画の章では、広い展示室の壁付きケース2面分いっぱいに、軸物が掛けまわされていた。
芳年《正月羽子突図》は、羽子板で女性に打ち負かされんとする男性の図。男性の体勢と表情がおまぬけである。
解説にある「当時の時事ネタを滑稽(こっけい)に風刺している」とは、なんのことだろう。
日の丸を背にした純和装の女性が、ざんぎり頭で一部洋装の男性をやり込める……このあたりから、なんらかの寓意が読み取れそうではある。
同じく芳年の《鐘馗図》は、墨技が光る一作。
斜に構えた鐘馗さまには、マンガ的なカッコよさがある。
鐘馗は疫病除けの吉祥画題であり、転じて端午の節句に好んで掛けられるようになった。本作も、男児のいる家庭から依頼を受けて描かれたのかもしれない。
芳幾には明治に入ってから、肉筆画を主に描いていた時期があった。
極彩色の《婦女風俗図》は若い頃の作とされているが、技量の高さがうかがえる。
画中画の屏風には、狩野派ふうの山水や雪持ちの竹。着物や蒔絵の文様は、きわめて細緻。
なるほどたしかに「器用」な画家といえよう。
——本展の特徴は、落合芳幾という絵師にスポットを当てたこと、さらには芳年との抱き合わせにより、明治期の浮世絵の諸相や道行きを素描できたという点にあるかと思われる。
そして、もうひとつ。この肉筆画の充実という点も、見逃しがたい点と思われたのであった。