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しりあがりさんとタイムトラブル 江戸×東京 /日比谷図書文化館

 脱力系の不条理ギャグで知られる漫画家・しりあがり寿さんは、浮世絵をもとにしたパロディ作品をさかんに手がけてきた。
 いまや虫の息となっている感のある「クール・ジャパン」の語が出てくるより少し前から、しりあがりさんは『芸術新潮』などの美術雑誌にしばしば登場していた。漫画家のなかでもアートとの親和性が高い、変わった立ち位置の作家といえよう。

 本展では葛飾北斎、歌川広重が江戸を描いた作品と、しりあがりさんによるそのパロディ作品を並べている。たとえば「赤富士」こと《冨嶽三十六景 凱風快晴》は、作者の手にかかると……

 ひげ剃りに! むずがゆくなって、思わず自分の顎をなでてしまった。

  「グレート・ウェーブ」「浪裏」こと《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は……

  「太陽から見た地球」へ。海は火の海・フレアに、富士山は青い地球に置き換えられた。
  「なんと柔軟な発想!」と感嘆していたら、地球を拡大していくと、日本の本州の真ん中あたりに、小さな富士山がちゃんと描きこまれているのだとか。頭、柔らかすぎでしょう……

 ※和紙にインクジェットプリントされた出品作では、富士山はよく見えなかった。データで拡大すれば、はっきり見えるのだろう。

  「浪裏」のパロディには、いくつかのバージョンがあった。
 《銭湯でこども大暴れ》。富士山のペンキ絵からの着想と思われる「銭湯あるある」ネタだ。
 無邪気に水遊びに興じるお子様と、はた迷惑そうなお疲れ気味の北斎老人というこの対比、わたしも見覚えがある。遠近の関係で子どもが巨大化し、まるで怪獣のようになっている。

 《冨嶽三十六景 尾州不二見原》の桶職人は、格好のオモチャといった趣。いい意味でひどすぎて、吹き出してしまう。

 同じく《尾州不二見原》に手を加えた《たいへんよくできました》。熟練の桶職人による超絶技巧ぶり……じゃなくて、しりあがりさんのあまりの悪ノリに、目がハナマルになった。

 ほかにも「冨嶽三十六景」の《礫川雪の且》(下図)から《UFOにさらわれた!!》、《遠江山中》(その下)から《驚異のマジック!美女まっぷたつ》といった悪ノリ作品が。展示室でも、笑い声がしばしば上がるのであった。


 しりあがりさんの作品はいずれも「ちょっと可笑しなほぼ三十六景」というシリーズで、すみだ北斎美術館の2つの展覧会「ちょっと可笑しなほぼ三十六景」(2018年)、「しりあがりサン北斎サン」(2021年)で発表されたもの。前者の出品作は、国立新美術館の「古典×現代2020 時空を超える日本のアート」展でも拝見していた。
 千代田区立日比谷図書文化館で開催される本展では、これらに加えて、同館が所蔵する歌川広重の浮世絵3点をもとに4点の新作を制作、お披露目している。どれも、現在の千代田区内が描かれた作品だ。
 リーフレットの表紙になっている《千代田区神田秋葉原コスプレノ図》(下図・右)は、その1点。もとになったのは、広重「東都名所  年中行事」の《九月   神田明神祭礼お礼参り》(同・左)である。

 神田明神の、見晴らしのよい座敷で休む親子連れ。
 界隈に土地勘のある方はおわかりかと思うが、神田明神の急峻な断崖を駆け下りれば、そこはもう秋葉原。右の背景に描かれる電気街はじつは忠実で、人物の出で立ちが現代の秋葉原の様相を反映しているのもまた、そのままの光景といえようか。
 神田明神では、アニメ、ゲームなどとのコラボを積極的におこなっており、宝物館にはそういったコーナーがあったことも思い出された。

 来場者特典として、新作4点のうちから1枚、ポストカードをいただくことができたのだが、見当たらない……残りは「名所江戸百景」の《霞かせき》をもじった《千代田区霞ヶ関  政治家なんかやらかしたノ図》、《山下町日比谷外さくら田》をもじった《千代田区桜田門  泥棒お縄ノ図》《堂々江戸城天守閣ノ図》であった。タイトルを聞くだけでも、だいぶおもしろい。
 これら新作3点をお見せすることは叶わないけれど、他の作品の多くが書籍『しりあがり×北斎 ちょっと可笑しなほぼ三十六景』(2022年  小学館)に収録されている。見開きの片側には北斎の原作も載っていて、おすすめの1冊。

 展示室を出たところにこの本が置いてあって、ぱらぱらめくっていくと、本展に未出品の作品も相当数含まれていることがわかった。
 恐るべし、“しりあがりワールド”。


日比谷公園では、現代アートのフェアが開催中だった

 

 ※本展レポート。写真多め

 ※国立新美術館「古典×現代2020―時空を超える日本のアート」展の際の、作者インタビュー


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