見出し画像

没後50年 鏑木清方展:7 /東京国立近代美術館

承前

画帖『築地川』:上

 画帖『築地川』(上原美術館)は、《築地明石町》や《新富町》と同じく、築地川の近辺で過ごした少年時代の思い出をベースとした作品。
 もっともこちらは、《築地明石町》よりもさらに直接的・具体的に、思い出のなかの情景を絵画化したもの。各図には詞書がついていて、清方の流麗な文章とともに淡彩の筆致を楽しむことができる。
 思い出を、語りだしたら止まらない。絵に文に、清方さん個人のノスタルジーがぱんっぱんに詰まっている。わたしにとっても、お気に入りの作だ。
 東京展では会期中にページ替えがあり、半分ずつが前後期に分かれて展示されていて、2度の訪問でその全貌に触れることができた。近いところでは千葉市美術館「鏑木清方と江戸の風情」(2014年)のときに実見していたけれど、全図を拝見するのは今回が初めてだったかと思う。

 今一度、千葉市美の作品リストを見てみると、画帖『築地川』が、この時点では個人蔵だったことが確かめられる。
 上原美術館が本作を収蔵したのは、ごく最近の話。昨年末から今年の正月にかけて、お披露目展が当地の静岡・下田で開催されていたのだった。

 紅白を一秒たりとも観ず、早々と床に就いた年末年始。いわずもがな、美術館はどこも開いていなかった……わけでも意外となく、六本木あたりの美術館には良心的なことに開け放してくれているところもあったのだけれど、肝心の展示内容に食指が動かず。高い観覧料を払うのは、割に合わないと思ったのだ。
 また、「開放」とはいっても、多少は休みはする。なんとか、開けてくれている館はないものか……

 それが、あったのである。
 他でもない、画帖『築地川』公開中の上原美術館が、年末年始も通しで開館してくれていたのだ。伊豆下田というリゾート地で年越しとしゃれこむ人をターゲットとしているのだろう。なんとも太っ腹な館だ。
 ちょうど2週間ほど前の関西行きで散財をしていたこともあって、結局下田行きは断念してしまったが……『築地川』をはじめ館蔵の清方作品が一堂に会するというこの好機に乗るか否か、最後まで迷いに迷ったのだった。

 上原美術館のコレクションは、西洋・日本の近代絵画と仏教美術の二本柱。
 どうもわたしは、このコレクションを築いた大正製薬の上原さんと(誠に僭越ながら)趣味が近いらしく、集められた作品には魅かれるものが大いにあって、たった一度きりの訪問の記憶も鮮やかに美しく残っている。
 この館のすごいところは、いまでも収蔵品を増やしていること。「お披露目展」というのが、頻繁に催されている(最近は中世絵巻の断簡を購入とのこと)。
 画帖『築地川』も、そのコレクションに加わったということだ。すきな作品が、すきな美術館に収蔵される。これほどうれしいことはない。
 お披露目展に合わせて、全図を紹介する動画も制作されていた。画質よく、場面拡大があり、解説も余すところがない。こんなにも素晴らしい動画をつくってもらって、なんて幸せな画帖だろう。
 『築地川』もこの動画も上原美術館も万人におすすめしたいので、ここに転載させていただくとする。
 まずは動画で堪能いただき、『築地川』再展示のみぎりには、ご家族ご友人お誘い合わせのうえ、ぜひとも下田へ。(つづく


 ※年末年始に開館している館については、毎年、ウェブ版の美術手帖がまとめてくれていて、非常に参考になる(上原美術館はカバーされていない)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?