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サーキュラーエコノミーを阻害する要因

サーキュラーエコノミーを推進し、経済成長と環境負荷の低減を同時に進めるために、何をすべきかといったような内容です。
この中に、

日本企業が持つ3R技術は非常に高度だが、企業や業界ごとに最適化されている。今後、産業横断的な循環モデルを設計し、持続的な成長戦略へと結びつけるべきではないか。新たな資源を使わずに価値の創出を目指す循環経済モデルへ移行するには、企業単位の3R活動をサプライチェーン(供給網)全体の最適化へと拡張する必要がある。

とあります。
まさにその通りだと思います。

例えば、日本のリサイクル関連法は、自動車リサイクル法、家電リサイクル法、容器包装リサイクル法など、個別の業界ごとの法律となっており、それぞれの法律の中において個別最適化が図られています。
しかし、それぞれの法律の枠組みの中で完結しているため、全体最適という視点が欠けています。
日本の個別の産業が今後縮小していくことを考えると、個別最適では規模の経済性を確保することができなくなり、非効率となってしまいます。
現状の法律の縦割りを超えた、包括的なリサイクル制度とならない限り、全体最適は図れません。
その点、欧州では核となる包括的なリサイクル制度のもと、それを補うための各種個別のリサイクル制度が存在しています。
この点は以前にnoteでも書きました。

リサイクル制度一つ取っても、サーキュラーエコノミーを推進していく上で色々とハードルが多いことがわかります。
また、リサイクル制度に限らず、日本は様々な面でサーキュラーエコノミー推進を妨げる要因があります。
リサイクル制度はその一部ではありますが、廃棄物制度そのものに妨げる要因があると考えます。
日本の法制度においては、まず「廃棄物ありき」からスタートします。
日本におけるリサイクル制度の基本的な考え方は、「廃棄物を有効活用する」ということです。
一見すると問題ないように思えますが、廃棄物となればその時点で各々の規制の対象になりますし、各種リサイクル法もその例です。
また、「廃棄物」や「ごみ」という言葉を使う時点で、思考はそこに留まってしまいます。
そもそも「不要になって手放すもの=廃棄物」という概念から脱出しなければ、飛躍的な発想は生まれないと思います。

「廃棄物ありき」の一例を紹介します。
例えば、私がソファーを何かの理由で必要なくなったので手放そうと考えます。
私の町ではソファーは粗大ごみとして出せば手数料として1,000円かかります。
しかし私は、まだ使えるものを粗大ごみとして捨ててしまうのは忍びない、と考えます。
このソファーをリユース品として再利用してくれる業者がいました。
しかし、ソファーを回収するのにガソリン代など経費が掛かるため、1,500円を払って欲しいと言われました。
普通に粗大ごみとして出すよりも500円高いけれど、リユース品として再活用してくれるのであれば、まあその方が良い、と私は考えます。
結局、私は業者に1,500円を払ってソファーを持って行ってもらいました。

このケース、業者が廃棄物を無許可で扱ったとして廃棄物処理法違反に問われてしまう可能性があります。
それが何故かといえば、以下のnoteでも同じようなケースで書いています。

廃棄物該当性の判断については、
①その物の性状
②排出の状況
③通常の取扱い形態
④取引価値の有無
⑤占有者の意思
等を総合的に勘案して判断する「総合判断説」という判断基準が基本的な考え方としてあるのですが、行政からはこの中の「④取引価値の有無」を殊更に取り上げられ、逆有償=廃棄物、と言われてしまうケースが多いのが現実です。

私の行為は確かに経済合理性の面で言えば不合理的行為なのかも知れません。
500円損していますからね。
その部分だけにフォーカスすれば、取引価値は無い、と捉われるかも知れません。
しかし実際には、粗大ごみとして捨てられればそのまま燃やされた後に埋め立てられるかどうにかなっていたところ、この業者のお陰で私のソファーは再活用されることになったのです。
むしろ、私はこのために敢えて500円を余計に払ったのです。
今だけのことを考えれば損なのかも知れませんが、将来のことを考えれば、この500円は決して損だとは思いません。
それが違法行為と見做されてしまうとは、サーキュラーエコノミーとは全く逆行していると言わざるを得ません。

このように、客観的に見ればリユース品として再活用される方が資源効率性において優れていたとしても、その前にどうしても「廃棄物か否か?」の問答が発生してしまうのです。
しかも、上記のケースのように、逆有償の場合には「廃棄物」と見做されてしまう可能性があるのです。

サーキュラーエコノミーを強力に推し進めていくためには、一度廃棄物という概念を取っ払って、不要になったものの有効活用できる道の門戸を広く開くべきだと思います。
もちろん、不法投棄や有害なものを不適正に処理するなどは厳しく取り締まるべきだと思います。
しかし、それ以外はある程度自由な取引の中で行われても良いと思います。
それでなけば、サーキュラーエコノミーの推進はずっとブレーキを踏み続けながら行うようなものです。

Shirley HirstによるPixabayからの画像

#日経COMEMO #NIKKEI

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