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「できるよ」と背中を押された日

スウェーデン留学時代に出会った友人について、「元気かな」とふと考えることがよくあった。1週間前も同じだった。迷惑になるかもしれない・・・4年間ほど連絡を取れずにいたが、勇気を振り絞って連絡してみるとあっさり会えることになった。上野で会うことになった。
上野といえば、私のかつてのバイト先がある。比較的身近な場所のはずだが、大学1年でバイトを辞めてからほとんど訪れていないと思う。

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友人との予定は夜だったので、せっかくだから昼間から上野へ行くことにした。上野では博物館が一番好きなのだが、ちょうどやっていた「永遠の都ローマ展」に惹かれて東京都美術館に入ることにした。
ローマは、留学中に1度訪れた。当時周りきれなかったスペイン広場や、ちょうど無料開放日に当たり混雑しすぎて行けなかったコロッセオに想いを馳せた。

今回の展示の目玉の1つであるカピトリーノのヴィーナスを見ているとき、なんだか不思議な気持ちがした。最初は身体の曲線や髪の毛の表現に感動していたが、隣にいた人が「ふうん」とため息に近い声を出したそのとき、ふと気がつくと、恥じらいのポーズをとっている像の周りを、何人もの人が囲んでぐるぐるとまわっていた。私ももちろんその1人だ。自分は一体、何を見ているんだろうかと罪悪感さえ覚えた。

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一通り見終え、バイトしていたレストランへ行った。知っている人はおそらくいないようで安心した。通されたカウンターから窓の外を覗くと綺麗な青空を背景に木々が揺れており、まるで絵画の中にいるような気分だった。自分の手でこの風景を描けたらどれだけ気持ちいだろうか。
カウンターに備え付けられたタブレットがその手前に見え、便利で普段求めているはずなのに、異様で邪魔なものに感じられた。時代が変わっているんだと再確認された。運ばれてきた料理は変わらず美味しく、暖かいお皿で提供された。もう1つ変わっていなかったのは、「女性の仕事」とされていたことを今も女性が担当していたことだ。これはきっと今後も変わらないのだろうし、支配人がこの違和感に気づくことも残念ながらないだろう。

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会計を終え、レストランの外へ出た。まだ太陽が高い位置にあり、約束まで時間があったので、駅の近くにある喫茶店に入ることにした。駅近だからか、混んでいた。でもこういう時に他の店を探し歩く方が時間がかかるだろうとわかっていたため、6組ほど並んでいる最後尾の段まで登った。
自分が呼ばれるまでの間は、家で事前にダウンロードしておいた池袋ウエストゲートパークを視聴した。列が進むたびに階段を登るため、徐々に店内の様子が見えてくる。平成らしいドラマの描写が、喫茶店の雰囲気と段々マッチしてくるのを感じた。
人を助けたお礼が女の子のお店へ連れて行くことだったり、色々と当時らしいといえばらしいが、このシーンは誰得なんだろうと感じることも多かった。そうは言っても、主人公の誠は女の子の身体に触れる気がなさそうで、そこは安心してみられた。

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席に通され、メニューに目を通す。どれも美味しそうだったが、お腹いっぱいになってはいけないので、ソーダ水だけ頼む。食後すぐに歩いてきたので、あの甘ったるさと炭酸のシュワシュワを欲していた。
お店がかなり混んでおり、提供まで20分ほどかかるとのことだった。全く問題ない。なぜなら柚木麻子さんの『本屋さんのダイアナ』が手元にあるからだ。本がギリギリ入るほどの小さな緑色のバッグに忍ばせてきたのだ。柚木さんの本はどれも吸い込まれるように物語に入り込めるし、解説まで読み応えがある。何より、フェミニズムを随所から感じられるから読んでいて気持ちがいい。
※少しのネタバレも嫌な人は、ここから読まないでください

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文中に『長くつ下のピッピ』が出てきた。スウェーデンの小説だ。留学中にスウェーデン文化の授業を受けたときのことや、仮装パーティーでピッピの格好をしたことなどが脳裏に浮かんだ。もしかしたら留学していたのは全部夢だったんじゃないかなんて思ったりした。改めて、今日会う友人は元気だろうか。本の中の親友たちも、早く再会してほしい。

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オーダーを取ってくれた爽やかなお兄さんが、ソーダ水を運んできてくれた。レモンとさくらんぼが乗ってるタイプで、心の中でガッツポーズした。「ご注文はソーダ水で間違いないですか?」と2度ほど聞かれた。あたりを見回すと、私と年が近そうな人は皆クリームソーダを頼んでいたので納得した。私は牛乳やバニラアイスで9割型お腹を壊すので、抜きであっている。むしろ勝手にクリームソーダにして持ってこられたら、断れない性格なのでそのまま飲んでお腹を壊して、友人との再会ができないところだった。

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ソーダ水を口にふくんで、本に目を戻す。武田君が神崎彩子の大学にいるシーンだ。武田君は大学に通っていないにも関わらず、知り合いがサークルで経験した被害のことを、しっかりと問題にするためにやってきていた。
そのとき、武田君と池袋ウエストゲートパークの誠がなんだか重なった気がした。ちょっとヤンチャだけど人を思いやる心があって、まっすぐで純粋で、好きな人のために行動できるキャラクターなのだ。私もそれだけ勇敢で芯のある人間であったらいいのに。

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隣の席の男女が、仕事の話をしている。女性は新入社員のようだ。今は残業がないが、今後は事前に決められた分まで残業が増えるだろうと嘆いていた。男性は「残業しなくてもお金が入るなんていいね」と返した。どうやら見なし残業の存在を知らないようだ。すぐに続けて自分の職場の話をした。いかに自分の仕事が複雑で大変かを語っているようだった。女性は頷きながらしっかりと聞いている。二人の間に置かれたトーストにどちらの手も伸びないまま、両者のクリームソーダが残り少なくなっていた。

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「いいじゃん。いいじゃん。もっと言うたれよ。あんた小さい頃からいい子すぎて、愚痴も悪口もほとんどいわないからさあ、ちょっと心配だったんだよね。もうさあ、やめなよ。二十歳を過ぎていい子なんてさ。自分で自分に呪いをかける生き方はしんどいっつうの」

『本屋さんのダイアナ』

その頃ダイアナの母はこう言った。

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友人と約束していた時間が迫ってきたので、お会計をすることにした。自分より前からいる隣の男女は、90分の時間制限より長く居るはずである。未だにトーストは減っていなさそうだったが、グラスはクリームと氷が溶けたものだけになっていた。男性がトーストを頑張って口へ運ぼうとしていた。満腹で食べられないのであれば、素直にそう伝え合えばいいのに。簡単なことであるはずだけど、デート中の男性にとっては難しいのだろうか。

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駅まで移動した。友人が見えた瞬間「本物だ!」と思った。当時より大人びて見えるものの、間違いなくスウェーデンを共に過ごした友人だった。会った瞬間ハグをし、一瞬で色んな記憶が蘇った。
早く落ち着いて話したかったので、横丁付近まで移動した。キャッチを断り続けていたらお店がなくなり、お互い明日仕事だよねーなんて言いながら目の前の居酒屋に入った。

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この数年間の私についてどこまでを知っていて、何を伝えていないのかが思い出せない。ダイアナと彩子がもし再会できたら、私と同じようにそう思うだろうか。
ちょうど彩子が父親から、ダイアナの今を知らされるシーンに栞を挟んでいた。

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友人が「スウェーデンの日々は夢だったかもと思うけど、確かにあの1年はあったんだよね」と言った。目頭が熱くなった。確かに、必死に生きていたよな。
留学後どのように過ごしていたのか、就職先はどこなのか、普段どんな生活をしているのか、今後何をしたいのか、私たちは色んなことを話した。

途中で、私がワーキングホリデーに興味があると告げると「みずほならできるよ」と言ってくれた。正直、自分で色んな理由をつけて諦めかけていたので、友人からそう言われて「そうか、できるのか」とハッとした。

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彼女は勇敢で、そばにいると私は元気になれる。留学中落ち込んでいる時もそばにいてくれた。今考えると恥ずかしいくらい荒れていた時期もあったが、見守ってくれた。本当に感謝してもしきれない。

頼んだ料理も食べきったので、早めに解散することになった。お会計は私がカードで支払い、paypayで送金してもらうことにした。便利な時代になったものだ。留学へ言った当時、swishというpaypayのような決済サービスに日本人は皆感心し、「日本にもあれば良いのに」と言っていた。
最近の日本はクレジットカードのタッチ決済できる場所も増えており、当時のスウェーデンに近づいてきている気がした。次は体内にチップを埋め込む人が出てくるだろうか。

友人がスウェーデンの寮を離れるとき、いつでも会える気がしてそんなに寂しい気持ちはなかった。今回も同じ気持ちを抱きながら、改札前で手を振った。

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電車で帰宅しながら、本の続きを読む。彩子が自身の呪いを破り始めたシーンだ。勇気を出すことは、精神的にも肉体的にも疲れるものだ。勇敢だ。
一方、ダイアナは自分の父親に対し落胆しているシーンだった。私自身も、ダイアナの父親は優しくていい人に違いない!と知らず知らずのうちに期待していたことに気づく。

その後二人とも自身の呪いを解き、ご飯の約束をする。言いたいこと、言いたくないけど知ってほしいこと、言っていたと思っていたこと、、、10年も会っていなければ色々とあるだろう。私が友人としたように、物語の中の二人にもいい時間を過ごしてほしい。


柚木麻子さんにもっと早く出会えていたら、どれほどの過去の自分が救われただろうかとよく思う。
今からでも遅くないなら、私も自分でかけてしまっている呪いは自分で解きたい。私の友人と、本の中のダイアナと彩子に「できるよ」と背中を押された日だった。


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