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クラシックホテル巡り。村を潤した、川奈ホテル


ホテルや旅の魅力を歴史やストーリー・文化から紐解き発信しています。その土地やホテルの『過去の記憶』をほんのひとつまみ知ることで、ささやかですが、新たな旅の視点を手に入れてもらえたら嬉しいです。


今年から、クラシックホテル巡りをはじめてみました。クラシックホテルとは、(色々定義があるようですが)主に戦前に創業・建設した日本のホテルのことを指します。

ホテルは昔から、歴史上重要な多くの場面で人々を迎え入れ、過去の大きな物語の舞台となった場所でした。

特にクラシックホテルと呼ばれる多くのホテルは、海外からの賓客をもてなす場所であり、日本という国を世界に発信する場所であり、西洋の文化をいちはやく吸収する場所だったのです。

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100年以上の時代を繋ぎ、今もなお、絶えず人が集い生き続ける空間は、クラシックホテルは、私にとって「時間の方舟」のような存在です。

消費が激しい、今の世の中では ”時代の連続性"を感じられる場所というのは、どんどん失われていっているように思います。

歴史を丁寧に受け継いでいっている空間に行くと、日本人としての美意識ってこういうことだったのかなとか、当時どのようにカルチャーが作られていったのか、とか、そういったことに思いを巡らせることができます。

そんな、過去と文化を感じる旅をしたいと思い、クラシックホテルを巡り始めました。

伊豆 川奈ホテル 

人気の観光地 熱海の少し先にある、伊東市。東京からは約2時間ほどの距離。そんな伊東の海辺に、川奈ホテルはあります。相模湾や伊豆諸島を目前に眺める、素晴らしいロケーションのホテルです。
(私が行った日はあいにくのお天気だったので伝わりづらいですが...)

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1936年に開業。創業者は大倉財閥2代目の大倉喜七郎という方で、建築は、高橋貞太郎が手掛けました。(他にも学士開館や、日本橋高島屋などを手掛けた建築家。)

平日の比較的空いている日にお伺いして、スタッフの方にあれこれ質問していると、色々と丁寧に館内を案内してくれました。そこで、とても印象的なストーリーをお聞きすることができました

村を潤したホテル 

「川奈」という地名は、諸説あるようですが、「水が無い、川が無い」ということに由来しており、それが転じて「川奈」と名付けられたと言われているそうです。

ホテルをこの地につくるときも、その周辺一帯は溶岩地帯で水がなかった。開業に伴い、「水がなければ困る」と創業者の喜七郎は考え、「天城山」という山から水を引いたそうです。

ホテルのために、遠く離れた山から水を引いてくる・・・・。今では考えられないスケール感です。そして、その水を近くの村、当時の「川奈村」に無償で提供していたと伝えられています。

今も、ホテルの部屋の蛇口をひねると、山から引いてきた美味しい天然水が出てきます。

当時村の人が、そんなに水に困っていたわけではないかもしれませんが、美味しい水をホテルだけで独占することなく、近くの村の人達と共有し、ホテルづくりを進めていったんだろうなと想像できます。そんな風に、村を”潤した"ホテルだったのではないでしょうか。

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そもそも水がない。溶岩地帯である。様々な点でこの地はホテルを作るには、あまり適した環境ではなかったのです。

しかし、喜七郎はどうしてもこの唯一無二のロケーションを気に入り、川奈に理想郷を描き、水を引いてでも、ホテルを作ろうとしました。そんな話をきくと、昔の人のロマンの大きさや、憧れのものに対する良い意味での執着を感じます。

「静かな館内」の理由

川奈ホテルに泊まっていて、あれ?と思うことがありました。とっても静かなんです。普通、ホテルのラウンジやレストランって、何かしらのBGMが流れていますが、"無音"です。

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気になって訪ねてみると、「基本的に、音響設備はないんです」と。
「上を見てみてください。あれはオーケストラボックスといって、ピアノやオーケストラが生演奏をする場所です。」

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レストランや、ラウンジの上の階に「オーケストラボックス」という空間が存在していました。今でも結婚式やイベントなどのときは、たまに使っているそうですが、普段は特に使っていないとのこと。(生演奏、聞いてみたかった・・・。残念。)

ここからは私の妄想ですが、音響をつけるとなるとやはり建物にそれなりに手を加えなくてはなりません。もしかしたら、予算の関係でつけられない、とか現実的な問題があるかもしれませんが、あえて、建物を大切にするために、つけていないのかもしれません。

そんなことを妄想していると、静かな無音の空間でさえも、受け継ぐ人の気持ちを考えるきっかけになりました。そして、また生演奏を聞きに訪れたいなあと思います。

ホテルで映画を。

もう1つ興味深い話を聞きました。1936年、当時はまだテレビがない時代。人々の娯楽の中心の1つに「映画」がありました。川奈ホテルでは、広いラウンジで映画を上映していたそうなんです。

(穴の空いているところから映像が映し出される)

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特別に、当時映画を上映していた「シネボックス」を見せて頂きました。昔は、映画の技術もまだまだ発展途上だったため、映写機がとっても熱くなってしまう。そのため、シネボックスは、火事にならないようにセメントで作られているんだとか。

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他のホテルはわかりませんが、当時、映画館としての役割も果たしていたことを知り、本当にホテルが交流の場であり、娯楽の場であり、憧れの場だったんだろうなと思います。

バーで出会った粋なしかけ

ホテル内のバーは、赤を貴重にしたクラシックな空間で、ちょっと入るのに緊張してしまいましたが(笑)ダンディなマスターが、気さくに話しかけてくれました。

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ここでしか飲めない、オリジナルカクテルも色々用意されています。

私は飲みやすくて女性に人気だという、「ラブリー川奈」を注文しました。(笑)『川奈を愛するすべての人に捧げるカクテル』だそうです。

ちょっと頼むのがこっ恥ずかしい、ラブリーという響き・・・!!中々最近聞かかなくなった言葉だなと思いつつ(笑)一周回って可愛く思えてきます。

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バーのマスターから、コースターにまつわる素敵な話をお聞きしました。
川奈ホテルは、ゴルフ場併設のホテルとして有名で、いつもは、ゴルフ客の方がほとんどだそう。コースターにもゴルフにちなんだイラストが描かれているのですが、「37th hole」という文字が。

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川奈のゴルフコースには、全部で36個のホールがあります。で、ここは、37番ホールという意味なんですよ

なんておしゃれな・・・・!!!!!ゴルフに興味がない私も、小粋な仕掛になんだかわくわくしてしまいました。ゴルフをやっている常連さんたちは、じゃあ37番ホール行こうか!なんて言ってバーにきているのかなあ。

”ハイカラ”で、気概溢れるクラシックホテル、川奈ホテル

創業者の喜七郎は、いち早く欧米文化を取り入れ、日本に広めていったことでも知られていおり、当時でいう「ハイカラ」な人だったそうです。今見ても色褪せることがないインテリアは、特注で作られたものばかりだそう。(だから修繕はとても大変です、ともおっしゃっていました。)

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奥にある立派な暖炉も、創業時から変わらず。冬の週末は、現役で活躍しています。

水がないならば、山から引いてくる。
映画館がないなら、ホテルを映画館に。

創業者の豊かな気概に溢れ、いまもなお大切に受け継がれている、そんなホテルだなあと感じました。


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川奈ホテルの客層は、メインは40代以上のゴルフ客が中心。中々若い人はいないそうです。しかし、実は、1万円代から泊まれて東京からも近くて、いい意味で若者にとっても泊まりに行きやすいホテルだと思います。

川奈ホテルを含め、ゲストの客層を考えると、クラシックホテルは今回のコロナの影響で、早い段階から大きなダメージを受けているのではないかと心配しています。拙い文章ですが、このnoteをきっかけに、若い人たちにも少しでもクラシックホテルの魅力を知ってもらえたらなと思います。

世の中が落ち着いたそのときに。
川奈ホテルに興味を持っていただき、
足を運びたいリストに入れて頂けると嬉しいです。


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