#国語教科書
『彼岸過迄』を読む 4341 主人公が疎外される物語
田川敬太郎の冒険は物語に始まり物語に終わった。田川敬太郎は結局物語に入っていけなかった。碁を打ちたいのに碁を眺めさせられた。
彼はぼんやりして四五日過ぎた。ふと学生時代に学校へ招待したある宗教家の談話を思い出した。その宗教家は家庭にも社会にも何の不満もない身分だのに、自ら進んで坊主になった人で、その当時の事情を述べる時に、どうしても不思議でたまらないからこの道に入って見たと云った。この人はど
谷崎潤一郎のどこが近代文学なのか⑨ 信用できないところがうまく利用できている
谷崎潤一郎作品の中には「作家が小説を書くこと」「書かれた小説の作者が自分であること」という自明なからくりについて、あえて疑問を呈するような作品がいくつかある。いや実際には「作家が小説を書くこと」「書かれた小説の作者が自分であること」が当たり前になるのは戦後派以降のことで、明治初期やそれ以前においてはけして自明なことなどではないのだが、谷崎の疑問は例えば「門下生が代筆する」とか「弟子の作品を盗作す
もっとみる『彼岸過迄』を読む 18 調子はずれの「へえー」
彼が耶馬渓を通ったついでに、羅漢寺へ上って、日暮に一本道を急いで、杉並木の間を下りて来ると、突然一人の女と擦れ違った。その女は臙脂を塗って白粉をつけて、婚礼に行く時の髪を結って、裾模様の振袖に厚い帯を締しめて、草履穿きのままたった一人すたすた羅漢寺の方へ上って行った。寺に用のあるはずはなし、また寺の門はもう締っているのに、女は盛装したまま暗い所をたった一人で上って行ったんだそうである。――敬太郎
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