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三島由紀夫論2.0

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2022年10月の記事一覧

芥川龍之介の『保吉の手帳から』をどう読むか①  カプグラ症候群ではない

芥川龍之介の『保吉の手帳から』をどう読むか① カプグラ症候群ではない

それは冗談として

 太宰治の名言と言えば何と言っても「ワンと言えなら、ワン、と言います」(『二十世紀旗手――(生れて、すみません。)』)だろうと思う。そのタイトルごと、日本文学史上最高の名言と言って良いのではないか。
 夏目漱石には「そりゃ、イナゴぞな、もし」他スマッシュ・ヒットが数多い。しかし芥川龍之介の名言はなんだろうと思い出そうとしても、これというものが浮かばない。教科書的に言えば中島敦の

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谷崎潤一郎の『吉野葛』をどう読むか① ただ面白い話を書く訳もなく

谷崎潤一郎の『吉野葛』をどう読むか① ただ面白い話を書く訳もなく

 吉野葛というから文豪飯の話が始まるかと思いきや、いきなり南朝の話が始まる。「僕の忠義は幻の南朝に捧げられたものだ」と嘯いた三島由紀夫に、

 ……などと云われてしまう捻じれは、これまで真面目に議論されてきたことがあっただろうか。

 風巻景次郎にフォーカスすると、

 むしろ谷崎の『吉野葛』は風巻の影響下で生まれた社会批評的な意味合いを持った作品であるかのようだが、これまで見てきたように谷崎作品

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『眠れる美女』は三島由紀夫が書いたのか?

『眠れる美女』は三島由紀夫が書いたのか?

 川端康成の『眠れる美女』は三島由紀夫の作だという説がある。明らかに筆跡が違うというのだ。

 その説を検証しようと『眠れる美女』を読んでみたが、内容だけ、文体だけ、語彙だけ、句読点の癖などでは、正直なところ結局よくわからない。

 勿論『みづうみ』とも『雪国』とも『伊豆の踊子』とも『古都』とも違う。『禽獣』とも違う。川端作品の中では異色であり、少なくとも新境地であるとは感じられる。では明確に三島

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『彼岸過迄』を読む 4341 主人公が疎外される物語

『彼岸過迄』を読む 4341 主人公が疎外される物語

 田川敬太郎の冒険は物語に始まり物語に終わった。田川敬太郎は結局物語に入っていけなかった。碁を打ちたいのに碁を眺めさせられた。

 彼はぼんやりして四五日過ぎた。ふと学生時代に学校へ招待したある宗教家の談話を思い出した。その宗教家は家庭にも社会にも何の不満もない身分だのに、自ら進んで坊主になった人で、その当時の事情を述べる時に、どうしても不思議でたまらないからこの道に入って見たと云った。この人はど

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谷崎潤一郎のどこが近代文学なのか⑨ 信用できないところがうまく利用できている

谷崎潤一郎のどこが近代文学なのか⑨ 信用できないところがうまく利用できている

 谷崎潤一郎作品の中には「作家が小説を書くこと」「書かれた小説の作者が自分であること」という自明なからくりについて、あえて疑問を呈するような作品がいくつかある。いや実際には「作家が小説を書くこと」「書かれた小説の作者が自分であること」が当たり前になるのは戦後派以降のことで、明治初期やそれ以前においてはけして自明なことなどではないのだが、谷崎の疑問は例えば「門下生が代筆する」とか「弟子の作品を盗作す

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