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2023年映画感想No.72:イ・チャンドン アイロニーの芸術(原題『Lee Chang-dong: The art of irony』) ※ネタバレあり

時代や社会を見つめ、人生について考える作品群

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。
イ・チャンドンはその時々の時代や社会を見つめ、そこから人生について考えたことを作品に込めてきた作家だということがよくわかる内容だった。僕個人はイ・チャンドン作品の多くを後追いで鑑賞した人間だったので、だからこそ彼の作品に対して「いま観ても素晴らしい」という普遍性をより強く感じることができた部分もあったと思うのだけど、まさに彼自身の口から語られる各作品の本質が今聞いても普遍的な内容であることによって彼の映画の時代を超える素晴らしさを改めて実感できた。
社会的な不安に対して明確な言葉にするイ・チャンドンの語り口にいちいち惹きつけられる。「”ある”と”ない”の問題」として観る『バーニング 劇場版』や、境界についての物語という『オアシス』など、改めて作品を鑑賞したくなる視点の提示がある内容だった。
深い思考があり、それを表現する言葉がある、というイ・チャンドンという個人の魅力がそのまま作品の素晴らしさと直結していることがわかる映画でもある。作家個人の意識のあり方に心を揺さぶられると同時に、それが映画という映像表現にどのように昇華されていくのかにも改めて凄みと感動を覚えた。

イ・チャンドン作品とロケーション

僕はイ・チャンドン監督作を全て鑑賞した後にこのドキュメンタリを観たので、各作品のロケ地を回るイ・チャンドン自身のロジカルな語りに映画の本編映像が重なるという構成が各作品を想い起こさせる装置としてとても親切に感じられた。イ・チャンドン作品においてロケーションはテーマを象徴する重要な要素であることが「ロケ地で作品について話す」という内容によってよりわかりやすく伝わってくるのだけど、その場所が映るとちゃんとそこが舞台になる映画を思い出せること自体が作品におけるその要素の重要さやその場所を映画的に切り取る手腕の高さを逆説的に証明しているようでもある。
また、引用される本編場面も解像度が高い。イ・チャンドンの意図が誤解されないようにという敬意が感じられる丁寧な構成になっていると思うし、映像が重なることで各作品を思い出しているような感覚にもなった。作品の全体に通じる象徴的な要素について解説してくれることで映画全体をより深く理解することができるのだけど、作品を観た人には答え合わせになり、これから観る人にはヒントになるような内容だと思う。
結構核心に触れる部分もあるのだけど、イ・チャンドンがそのデメリットを理解せずに話しているとは思えないので、自分の言葉より自分の映画を信じているのだと思う。

長い時間の蓄積としてのフィルモグラフィ

近作から過去の作品に遡って語られるのが構成的な特徴なのだけど、場所や時代といった時間と共に変わる世界があるからこそイ・チャンドンという作家の一貫したスタンスがより際立って感じられる。その作家性が映画を撮る以前の小説家時代、さらには表現を志し始める少年期まで遡っても常に彼の人生に横たわっているのがすごい。
どれだけ遡っても未熟な部分を全く感じさせないイ・チャンドンの一貫した表現者としての強度も逆行の構成によって強まって感じられる。本作の『ペパーミント・キャンディ』のパートで時間についての言及があるけれど、本作の構成自体も彼の表現の追求が長い期間にわたって続いていることの価値を逆説しているようにも感じた。

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