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2023年映画感想No.19:エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(原題『Everything Everywhere All at Once』)※ネタバレあり

「何が起きるのかのわからなさ」と「どこに連れていかれるのかのわからなさ」

TOHOシネマズ川崎にて鑑賞。
厳格で古い価値観の父親に育てられ、冴えない夫と冴えない結婚生活を送り、反抗期の娘との関係も上手くいかない主婦の「人生もっと上手くできたはずだ」という後悔を巡る物語をマルチバースという設定で描くという発想とそれを描き切る様々な表現によって新しい映像体験が見事に成立している。アイデアと表現力の手数と飛距離。何でも描ける設定から来る「何が起きるのかわからなさ」と、いきなり荒唐無稽に飛躍する物語の「どこに連れて行かれるのかわからなさ」をクラクラしながら楽しんだ。
ギミックとしてのマルチバースに始まり象徴性としてのマルチバースに終わる物語の構成は『スイス・アーミー・マン』の監督コンビらしい手触りでもある。

マルチバースを示唆する絵作りの積み重ねと設定を活かした活劇的な見せ場

ファーストカットの丸い鏡からすでにマルチバースの示唆が始まっているのだけど、異なる世界の連なりを意識させるコインランドリーの並んだ洗濯機や防犯カメラのスプリットスクリーン、仕切りで区切られた市役所のオフィスなど象徴性の積み重ねも上手い。
序盤は畳み掛けるような情報量で中々セッティングのためのセッティング感もあるのだけど、それだけに多少ガチャガチャしてもパパッとマルチバース始めましょうという語り口もわかりやすく感じられた。ちゃんと見応えのあるアクション的見せ場が用意されているのでせかせかした平場が続くよりはこっちの方が楽しいねって思える構成になっているのが良かった。
マルチバースの設定を活かしたアクションの要素に関しては何でもできてしまうだけに正直「どうでもいいよ」という感も無くはなかったし、なにより「変なこと」というくだらなさに理由がなさすぎて「これ面白いか?」と思ってしまう部分もあったのだけど、映画としてその先がきちんと用意されていたのでホッとした。

「主人公性」の必然

唐突にマルチバースが始まりなぜか世界の救世主の使命を背負わされる主人公エヴリンに感じる「この主人公はなぜ主人公なのか」という部分の描き方がとても素晴らしかった。あったかもしれない可能性としてのマルチバースが何もない現在の自分に集約されていく物語であり、頼れる他人としての夫、フィクサーとしての父、ラスボスとしての娘などそれぞれのキャラクターとの関係の中に見て見ぬ振りをしてきた人生の問題が浮かび上がってくる。
あったかもしれない可能性の中にある理想の自分としてどれだけカンフーを極めたところでその先に解決は無く、目の前の相手に対して誠実に向き合うことだけが現実をより良い方向に更新する。エヴリンは父親に人生の選択を奪われたところからずっと人生に対して「こんなはずじゃなかった」と思い続けてきたのだろうし、だからこそ自分のことを大切に思ってくれる存在もこんなはずじゃなかった人生の一部として不誠実に接することしかできなくなってしまっている。そういう誰しもに訪れる可能性がある人生の有限性からくる後悔に対して「人生とはそれだけですでにかけがえのないものなのだ」という「自分の世界の肯定」によって解放されていくというのがとても良かった。
自分の人生にあった不条理を見つめ直すことでその影響から解放され、娘世代への負の連鎖を断ち切ることができるようになる。自分の人生を肯定的に見直すことでその一部である目の前の他者を受け入れ、共に生きるより良い関係性を見つけ出すことができるようになる。
誰しもの人生にも大なり小なりの後悔や不条理は存在するからこそ、それに縛られて不幸に生きることからどう立ち直るかという物語は普遍的なものだと感じる。

物語内の家族観への違和感

一つ気になったのは、離婚を考えている夫や母親からの無理解に苦しむ娘とそれぞれ主人公エヴリンからの抑圧に苦しんでいた人たちの苦悩がエヴリンの物語において彼女にとって都合の良い解釈による解決に収束されてしまうのは少しどうなのだろうと思った。
物語が始まるまで夫や娘にとって良い妻、良い母親では無かったことは確かであり、それを実は愛してました、実は愛して欲しがってました、だから主人公が変わったら無条件で赦されるものとして描くのはちょっと家族観が古臭い印象を持った。
せっかく人生の普遍的な側面に対してフレッシュな映像表現で描く作品なのだから家族というものを自明な繋がりとして定義するような結末は少し残念だった。

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