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2023年映画感想No.68:ファルコン・レイク(原題『Falcon Lake』) ※ネタバレあり

16mmフィルムの映像で切り取られるひと夏の思い出

アップリンク吉祥寺にて鑑賞。避暑地に行くところから始まって帰るまでを描くというこれぞ一夏ものな内容で、夏の終わりに観るのにぴったりだった。

16mmフィルムで撮られたノスタルジックな映像とスタンダードサイズのクラシカルな画角によってどこか過ぎ去った時間の記録を見ているような感触がある。
歳上の幼なじみとの関係を通じて子供以上大人未満の14歳バスティアンの「大人になること」への焦りと憧れを繊細に描き出していく。久しぶりに会った歳上の幼なじみクロエを初めて女性として意識するところから始まり、バスティアンが大人の入り口に立つ一夏の出来事を通過儀礼的に描く。

大人になりたいバスティアンと大人になりたくないクロエ

基本的にはバスティアンが年上のクロエから男として見られたい気持ちと男として見られない気持ちの狭間で葛藤する甘酸っぱい恋愛描写が中心の物語。初々しく少しずつ距離を縮めようとするバスティアンに対して時折クロエが彼と同じ気持ちで存在を求めてくれるような瞬間があるのだけど、そういうフラットな関係の可能性が生じかけるたびに年上の存在が現れて年齢差という隔たりが障害になってしまう。
そうやって大人の世界に踏み込んでいく中でバスティアンは大人びたクロエに追いつくために男らしさを追い求めていく。クロエに連れられて年上の輪に入るたびに所在なさげだったバスティアンはそこで認められることで自信を持とうとするのだけど、そういう彼の背伸びの先にクロエを決定的に傷つける有害な男性性が描かれるのが興味深い。
一方でバスティアンの目から大人びて見えたクロエはイノセンスを失うことに不安を感じており、自分が女性になっていくことの恐怖や孤独を示唆する場面がある。コミュニティにおけるセクシャルのアイデンティティに対して二人は異なる焦りを抱えていて、だからこそすれ違ってしまうのが切ない。

物語に漂う死の予感

二人が距離を縮めていく甘酸っぱい恋愛的なプロセスと並行して死の予感が積み重なっていくところに青春の寓話としての本作の特徴がある。
湖に浮かんでいる何かがガバッと呼吸するファーストカットから物語が始まるように、物語には常に死の予感が漂っている。死体のふりをするクロエ、幽霊を演じるバスティアン、湖の水死体や死後を巡る会話といった直接的な言及だけでなく、ハエの羽音や水に浮かぶバービー人形など不穏なモチーフがあちこちに差し込まれている。
子供時代の終わりに向かうことが死を意味するかのようであり、だからこそ何者でもないことの危うさがよりスリリングに映る。そしてラストはまさにバスティアンが死ぬことで大人になったかのような描写で物語が終わる。
湖畔は此岸と彼岸の境目のようであり、全ての場面に子供には戻れないことの不可逆な予感と、未熟なままその境目を越えようとすることの危うさが漂っている。

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