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2023年映画感想No.50:ぼくたちの哲学教室(原題『Young Plato』) ※ネタバレあり

分断の歴史を抱える街

ユーロスペースにて鑑賞。
北アイルランドはベルファストの男子小学校の哲学の授業を映すドキュメンタリ。
映画『ベルファスト』でも描かれていたようにベルファストは北アイルランド紛争によって民族の分断を抱える土地であり、いまだに「平和の壁」と云われる分離壁が残っている。
そうやって旧世代の分断を引き継ぐ今の子供達への教育の話であるということが、過去の紛争時の実際の映像と現代の登校する親子たちの風景を重ね合わせる冒頭の映像演出から浮かび上がる。

自立した思考を促し倫理観を育む哲学の授業

子供たちの自立した思考を促し、対話の重要性を投げかける哲学の授業のプロセスがまずとても面白い。様々な角度の意見を引き出し、それらについて子供達の目線で考えさせる。
怒りをコントロールすることや暴力では何も解決しないということについて子供たちの立場から考え内面化させていくようなセッションになっていて、誰しもが持ちうる手段であり、起きうる可能性としての暴力を認識しながらそれをいかに否定していくかを探っていくのが良かった。「暴力はダメだ」ではなく、「暴力の可能性はどこにだってあるが、それをどのように正しくないと定義できるか」という論理的な道筋で解きほぐしていく。
途中の授業でユーモアによる自己客観視の有効性に触れる場面があるのだけど、哲学の授業自体が基本とてもユーモラスであり、だからこそ子供達を上手く議論に引き込みわかりやすく理解させられているように思う。

価値観から抜け出すことの難しさ

こんな授業受けてたら吸収力の高い子供ならすぐ物事を論理的に解決できる人間に育つんじゃないかと思うのだけど、実際はそんな簡単な話ではなく子供は喧嘩となるとすぐに手が出る。ただでさえコミュニケーションが肉体的な年頃に対話で解決する理性なんて無いので、ちょっと小競り合いがエスカレートしたらすぐ手の出るケンカになってしまう。そういう時も対話することで原因と結果について突き詰めて考えることで感情的ではない物事の解決を辛抱強く探っていく。
親の世代まで紛争が続いた地域だけに家庭レベルで「やられたらやり返せ、やられる前にやれ」という暴力的な価値観が教育されているのが見ていて辛い。初等教育が子供達に与える影響の強さ以上に家庭内で触れる価値観の影響が強いのがやるせない気持ちになる。
哲学の授業を行う校長のマカリーヴィー先生自体も過去に多くの問題を抱えていた人物であり、おそらくはそれによって傷つけ、傷ついた状況から立ち直った経験として哲学を通じての内省や感情のコントロールの大切さを子供達に与えようとするのが印象的だった。
そうやって問題と向き合い、深く理解することで暴力の連鎖を乗り越えようとする試みには、映画を観て物事について考えることで自分自身をアップデートすることやそうやってアップデートした個人の周りから世界がより良いものになっていくのだという可能性を肯定されたような気持ちにさせられた。

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