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米国と日本のリテールメディア構築アプローチの違い:EC起点の内製化とマーケティングフィールドの解放

 ここまで、米国型のリテールメディアの代表格である、Amazon AdsやWalmart connectと、日本型の共同販促型広告(リテールAds)やインストアサイネージ、デジタルクーポンの取組みについて、そのビジネス構造や特徴、成立の要件やボトルネックの存在について紐解いてまいりました。

 米国型の強力な自社の物販ECプラットフォームを起点とするメディアビジネスのアプローチと、日本のメーカー、卸、小売りの商流やここまでに確立した商習慣に配慮する形での発展を企図する共同販促型広告(リテールAds)を比較してみると、事業拡張のステップや、高い収益性や利益を確保するための内製化のアプローチ等において、共通する部分が存在します。

 一方で、小売業としての基本的な販売力や市場占有率、メディアとしての媒体力の差、リテールメディア事業を開始するタイミングで保有していたアセット(事業資産)のバリエーションとサイズ、日本固有の商習慣やメーカーの組織役割とお財布の分離分断の構造、買い手と売り手の関係性や交渉力の優劣等、様々な変数が存在しているため、結果として、メディアビジネスの成立のさせ方やビジネス構造について、差異が生じています。

 今回は、米国型と日本型のメディアビジネスの現在地とリテールメディア事業者としてのドメイン、そして、さらに収益を稼ぐための、今後の事業進化のアプローチの違いについて、見ていきます。


1.米国型リテールメディアのアプローチ

(1)現在地

 購入意向が強い来訪者へ直接働きかけができ、クリック課金で効果が明確な自社ECサイト上の検索型スポンサー広告が主戦場。広告費の支出部門はメーカーのブランド担当やデジタル広告の運用部門

(2)事業拡張のステップ

・自社オウンドメディアへの予約型の純広告の販売からスタート
・強力なメディア(EC)上のスポンサー広告
・自社名義のメディアを束ねて広告枠として外販するSSP
・自社の1stPartyデータを管理するCDPとオンサイトのディスプレイ広告
・自社名義のDSPの仕組みを用いた外部メディアへの配信
・提携する外部のSSPとの接続と広告在庫の最大化
・インストアメディアの開発

(3)目指している方向性と事業ドメイン

 アドテク領域の完全内製化(アドシステム、ネットワーク、運用組織の全機能保持)による、リテールメディアの一気通貫提供を志向。広告配信プラットフォームに必要な機能(SSP、DSP、DMP)を持ち、自社固有のデータと自社名義の配信出面(自社メディア・外部メディア・協業SSP)をハンドリングすることで、フルファネルにアプローチ可能なメディアの展開

2.日本型のアプローチ

(1)現在地

 米国のリテーラーと比べ、自社ECの取扱高や市場占有率が低く、自社ECのメディア力が弱いため、自社の物販系ECサイト起点ではなく、ポイントカードやアプリ会員のデジタルIDを起点とする共同販促型広告(リテールAds)が立ち上がりつつある状況にある。費用の支出部門はメーカーの流通対策部門が主。

(2)事業拡張のステップ

・自社オウンドメディアへの予約型の純広告の販売からスタート
・自社の1stPartyデータを用いる外部メディアへの販促広告の配信
・広告接触効果を最終購買履歴のリフトで証明するインストアサイネージ
(今後)
・複数小売が取扱うメディアへ同時出稿した際の広告接触効果をメディア横断で測定が可能なデジタル広告の展開

(3)考えられる方向性と事業ドメイン

 広告や販促分野に限らず、メーカーのマーケティング活動全般を対象とする、実証フィールドが付いた総合的なマーケティング支援事業。

 メーカーのマーケティング目標を達成するための総合的プランニングからターゲットやメディア選定、配信と、対象者のデジタルIDとメディア接触履歴に基づくアトリビューション、購買履歴を用いた獲得単価の分析、メディア予算のアロケーション等、マーケティングのPDCAの一連のサイクルを一気通貫で提供するプラットフォーム

3.日本型モデルの発展可能性

 大手事業者による集約と寡占化が進む米国と比べ、日本では、各地域に立脚した屋号が多く存在し、資源集約的なビジネスである広告媒体の販売にあたっては、小売としての販売力とメディア力に限界があり、個社単体で、多くの広告費を獲得することが難しい状況にあります。

 また、日本で立ち上がりつつある、メーカーとの共同販促型広告(リテールAds)についても、オウンドメディアとしての広告在庫は限られ、外部メディアへの配信を組み合わせ自社名義のリテールAdsとして外販するオフサイト広告も、保有しているデジタルIDの規模の制約があり、1件あたりの実施単価は数百万円に留まるなど、小売業が、同時に手がけることができる共同販促施策の本数と単価から見た場合、どこかで頭打ちになると想定されます。

 一方、小売業が持つ固有のアセットとして、以下の自社資産があるとした場合、この小売固有の資産と機能を、取引先のメーカーに開放することで、1件あたりいくらの共同販促型広告に代表される、メーカーの1部署との部分的な話に留まらず、メーカーとの間で、包括的な条件や総合的なマーケティング施策について、握ることができる可能性があります。

【活用できる小売業のアセット】
・小売が持つ顧客のデジタルID(広告ID、cookie、メアド)等会員基盤
・デジタルIDで接続される属性情報や行動履歴等のDB基盤
・商品の仕入機能、在庫機能
・全国の店頭、ECサイト、即配、BOPIS等、商品を届ける機能
・インサイドエージェンシーとしてメーカーと小売の中を繋ぐハブとなる機能 (企画提案、営業、分析、運用)
・自社オウンドメディア(WEBサイト、アプリ)
・インストアサイネージ
・自社デジタルIDで接続可能な外部メディア

【メーカーへの提供価値例】
・データ起点の新商品の共同開発
・ブランドごとの顧客管理やCRM、コンテンツマーケティングの代行
・認知向上やブランディング、興味関心の獲得ための広告ミックスの提案と予算アロケーションの支援
・新商品のテストマーケティングの実施支援
・トライアル&リピート、ブランドスイッチを誘発する販促施策の展開

 日本の小売業が目指す姿として、リテールメディアやリテールAdsといったメディアビジネスに特化したアプローチではなく、デジタル化されたIDを持つ自社の顧客に対し、商品を販売する機能や、メディアへの配信をコントロールする機能等、小売業が持つアセットやここまでの知見やメソッドを開放するという、マーケティングフィールドの解放モデルがあり得ると考えられます。

 これは、1件あたりいくら、というショットのビジネスから、メーカーのマーケティング目標の達成を総合的に支援する機能を持ち、メーカーのマーケティング施策の予算を年間単位で預かることで、データ起点の提案からエクゼキュージョンまでの一連を受け持つプラットフォーム事業者へのポジションシフトだと言えます。

 販売基盤という1F部分の上に、前述したマーケティングプラットフォームを2F部分として立てつけることができれば、メーカー側の構想やアイデアを具現化し、その効果を顧客IDとデータ起点で確実に立証することが可能になります。

 今後、小売業に求められるアクションは、商品を仕入れ、並べ、販売する、というアソートメントビジネスから、メーカーの事業目標やKPIの達成を、実証フィールド付きで総合的に支援するマーケティングプラットフォーム事業へのドメインシフトではないでしょうか。

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