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モハメド・ディアブ『護送車の中で (クラッシュ)』エジプト、護送車の中で呉越同舟

めちゃ面白い。ムバラクによる30年近い独裁政治が終わった2年後の夏、カイロでは後任モルシへの反対派デモが加速し軍部と民衆で衝突が起こり、軍部はモルシを解任した。これによって軍部支持派(民衆サイド)とモルシ支持派(政権サイド)の衝突が激化している、というのが冒頭。オープニングで登場する空っぽの護送車に次々と人がブチ込まれていくわけだが、取り敢えずデモに遭遇したら逮捕してブチ込んでいるので護送車の中の人たちは敵同士だったり味方同士だったりとカオスな状態に。しかも、護送車は治安維持部隊と共に衝突現場を順番に回っているので、閉鎖空間の中から衝突の最前線を垣間見ることができる上に、護送車も治安維持部隊の一員として見做されるのでデモ隊から攻撃すら加えられて当事者にもなってしまう。最低限の設定で広範囲の世界を垣間見るという、政治風刺劇として優秀すぎて困る。敵味方が判別できない状態で入り乱れて混沌としているのを見ているとセルゲイ・ロズニツァ『Donbass』を思い出すが、本作品は閉鎖的なトロッコに同乗しているカメラを通しているので、冷徹さを持った同作とは別の魅力がある。どことなく旧ユーゴ崩壊後の旧ユーゴ紛争映画を観ているようでもあるが、ここまでエネルギッシュな作品は観たことがない。"ここから出る"という共通目標を掲げ、政権サイドと民衆サイドで衝突と協力を繰り返しながら、最終的に護送車から出たくなくなるというゴールが待っているんだから風刺劇としてこれ以上ない満足感がある。

一点だけ残念な部分は、"一家の息子"とか"老父と娘"とかキャラ立ちした人たちの外面的な要素だけで終始していたので、ここに各個人の物語が乗っかってきたら更に面白くなるんだろうとは思う。ディアブならそのうち出来るようになるはず。

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・作品データ

原題:إشتباك / Clash
上映時間:95分
監督:Mohamed Diab
製作:2016年(エジプト)

・評価:80点

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