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ディアオ・イーナン『Night Train』人工灯と孤独の物語

秘密と嘘で拗れまくった恋愛を展開させればディアオ・イーナンの右に出る者はいないかもしれない。女性死刑囚の銃殺刑を手伝った女性刑務官と、殺された女性死刑囚の旦那の話とくれば今回も彼の作品であると納得できる。しかし、二人が出会うのは物語の終盤であって、そこまでは寂れた田舎街を孤独に放浪し続ける二人を写し続ける。『Uniform』が外見と内面、『薄氷の殺人』が煙の映画だとすれば、本作品は"光が当たらない"映画だろう。徹底的に夕闇の中で人工灯を避け続け、家の中でさえも彼らに光は当たらない。当たったかと思ったらすぐに闇の中へ引きずり戻される。『Uniform』『Night Train』『Black Coal Thin Ice (薄氷の殺人)』ときて、人物の設定はどんどん業が深くなっていく。嘘や秘密の度合いも大きくなっている。そして、本作品は監督二作目にして、カンヌ国際映画祭"ある視点"部門に選出された。

男の物語は比較的単純で、不倫した妻が不倫相手を殺した罪で銃殺刑になって、妻の実家からも職場からも追い出され、出会った娼婦とは夫となのるおっさんの乱入で行為も中断せざるを得なくなる。人生やけくそになったときに現れたのが、妻の刑死を助けた女なのだ。それに対して、女の物語はフワフワしている。夫には先立たれたらしいが描写もなく、隣町の婚活パーティ(と言ってもどデカいホールでダンスするだけ)に夜行列車で通い、出会った男たちと行きずりの関係を結ぶが、どれも泡となって消える。言ってしまえば、彼女は何者でもないのだ。『Uniform』でヘッドライトを当てられた女性は、本作品では自ら人工灯の灯る部屋から出ていき、薄暗い自らの部屋でポールダンスもどきのダンスを踊る。大きなダンスホールで相手から声を掛けられなかった女が、それでもイスに残り続けるあの孤独なシーンは何物にも代えがたい魅力を放っている。

何者でもない女は、唯一彼女を"誰か"に変えてくれる男に出会う。彼は復讐と恋愛の間で揺れていた。男の新たな住処となっているダムの監視塔は、高所、一本橋に河原が見えるという最高のロケーションであり、ひっきりなしに入れ替わる二人の位置はそのまま力関係に変換される。何者でもないつまらない人生を緩やかに終えるか、何者かになってひっそりと死ぬか。男女は同時に、そして静かに泣き、決断を下した。

・作品データ

原題:Ye che
上映時間:94分
監督:Diao Yi'nan
公開:2007年(中国)

・評価:74点

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