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マリー=クロード・トレユー『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』 他愛も無い会話から見える人間愛とパリの片隅

恐らく今年のベスト入りは確実な『Knife + Heart』と同時代のポルノ映画とレズビアン恋愛に触れているため、先に触れておこうと思う。数多く惨めな邦題が付いた作品があれど、直訳ながら本作品のような美しいというかカッコいい邦題がついた作品も少なからず存在する。マリー=クロード・トレユーの初監督作品である本作品は、そんなカッコいい邦題クラスタを誘惑し続けていたが、どうにも上映機会が少ない幻の映画となっている。

ポルノ画映画館の案内係として働くシモーヌ・バルベス。働かない同僚マルチーヌと交わされる他愛の無い会話は次々と訪れるおっさんたちを案内するために中断される。マルチーヌはベンジャミンという恋人とは最近別れたようだ。そして、チケットを見せずに突破しようとするおっさん、"この映画って面白い?"と訊くおっさん、タイミングが悪すぎて相手にされないおっさん、上映されている映画の監督だと名乗って無料で観ようとする上にマルチーヌを口説こうとするおっさん、ポルノ映画に芸術論を語り始める伯爵、シモーヌとマルチーヌを視姦するキモオヤジ、通りで痴話喧嘩を繰り広げる夫婦、を尻目に、二人は会話を続ける。男たちが扉を開ける度に喘ぎ声と男優の罵り声が聴こえるが、そんなのお構いなしに(当たり前だが)会話を続ける。それに対して、マルチーヌも客に言い寄ろうとして失敗し、泣く。慰めるシモーヌ。勤務中にワインをガンガン呑んでいる勤務態度にはカルチャーギャップを感じれば良いのか微妙なとこだが、男たちが欲望を満たしに来る場所に彼女たちがポツンと立っていることを考えると、別にワインくらい呑んででも構わない。

仕事が終わったらしく、シモーヌは映画館から恋人の働くレズビアンバーに赴き、映画は第二部に突入する。シモーヌとマルチーヌ以外ほぼ男性だった第一部と比べて、バーテン以外ほぼ女性という反転構造が面白い。しかし同時に、ポルノ映画とレズビアンバーという双方男性と女性が欲望を満たすような場所という一貫性も浮き出てくる。全然時間を空けてくれない恋人(そりゃ働いてるからね)を尻目に、謎のアマゾネス戦闘ショーやロック歌手のコンサートが繰り広げられ、シモーヌは他の店員やバーテンダーと他愛も無い会話を繰り広げる。高貴な身分らしい初老の夫婦がバーに入ってきて、欲望には性別も階級も関係ないことを思い出させる。シモーヌは男性客に言い寄られるが、恋人が中々時間を割いてくれないのでイライラの頂点に。シモーヌがバーを出たのと入れ違いで用心棒の男が何者かに射殺される。

明るい映画館、赤い照明のバーの次に、第三部は薄暗い車の中で展開する。御託を並べてシモーヌを車に乗せようとする老人とそれに乗っかって仕方ねぇと運転席に座ることになったシモーヌの短い挿話だ。夜明け前なのに結構車通りのあるパリの街を孤独な二人がひた走るという文字列だけでもエモエモな状況だが、車乗ってるのに互いをチラチラ見る会話もそんな圧倒的寂寥感を助長する。

テーマは色々あれど、ちぐはぐな場所で展開する他愛も無い会話ってのは最高に美しいし楽しい。ともすれば映画ごと軽薄になってしまいそうな話運びだが、それを凌駕する愛さしさと少量の物悲しさで満ちている。記事を書くにあたって二回観たが、鑑賞するほど評価を上げたくなる、そんな作品だ。

・作品データ

原題:Simone Barbès ou la vertu
上映時間:77分
監督:Marie-Claude Treilhou
公開:1980年2月27日(フランス)

・評価:90点


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