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Horvát Lili『Preparations to Be Together for an Unknown Period of Time』ハンガリー、一目惚れの魔法

大傑作。ホルヴァート・リリ(Horvát Lili)長編二作目。40歳の脳神経外科医マールタは恋に落ちた。ニュージャージーで行われた学会で出会ったハンガリー人医師の男と運命的な出会いを果たした彼女は、アメリカでの輝かしいキャリアを捨て、20年ぶりに故国ハンガリーの地を踏む。男の名前はドレクスレル・ヤーノシュ。待ち合わせ場所に現れなかった彼を追って勤務先の病院へ行くと、彼はマールタを知らないと言う。ニュージャージーで『ビフォア・サンライズ』な夜を過ごして、一ヶ月後に自由橋で再会しようと言ったじゃないか!彼女はアメリカへの帰国を取りやめ、故国の病院で働き始める。ヤノーシュのいる医科大学の受付が手書きノートを持った老人だったり、ありえない量の患者が一人の医師をめがけて押し寄せたり(他の手の空いてる医師は診察に参加しない?)アメリカとのカルチャーギャップもあり、成功した若い女医ということで地元の老人医師たちからは目の敵にされるなどもありながら、仕事をこなしつつヤーノシュへの届かぬ思いを捏ね繰り回し続ける。

彼女のストーカーまがいの執念は、"身を滅ぼすほど"という形容が正しいとも思えるほど激しく狂気的だ。それっぽいシルエットをタクシーで追っていったら全然別の人だったり、Youtubeで少年時代の歌唱コンクールの映像を眺めたりとすさまじい行動力を発揮する。しかし、彼女が精神科医と交わす自身の心情についての説明は実に理路整然としていて、奇妙にも俯瞰的な視点を物語に与えている。映画はそんな彼女の行動を更に俯瞰的に観察しているのだが、ふとした瞬間に彼女が独りであることを提示するショットの冷徹さには身震いする。後にヤーノシュと家具屋を訪れ、二人で同じソファに座るという疑似新生活的妄想を経て、一度夢が散った後で購入し、それに沈み込むシーンの悲しさたるや。

本作品には窓越しに何か/誰かを見るショットが多い。そして、その中では基本的に目線が交差しない。しかし、マールタとヤーノシュが初めて互いを意識し始めた頃に、二人の視線が交わる瞬間が訪れる。帰り際に道路の向こう側でマールタを待っていたヤーノシュが彼女の姿を捉えると、マールタは道路を渡らずにそのまま手前の歩道を歩き始める。それに併せるようにヤーノシュも向かい側の歩道を歩き始める。視線と動作が絡まり合うという甘美なる時間だ。同時にそれは、視線や動作が合致しなくなるかもしれない未来への不安とも強固に結びつき、近付きたいけど近付かないという微妙な距離感がどちらにも転べなくなるもどかしさも含んでいる。

こうなるならサンダーバードを愛すべきだった
少なくとも春になれば啼き返してくれるから
そして私は目を閉じ、世界は死滅した
(頭の中であなたを作り上げてしまったんだ)

これは冒頭で登場するのはシルヴィア・プラスの"狂女の恋文"の一節である。決して振り返らない恋人を思いながら絶望する狂女=本人を詠った詩で、それはマールタにも通ずる部分がある。あのセス・ローゲンにしか見えないヤーノシュが微笑むという『シモン・マグス』のラスト的なシーンで終わりにしておけば満点だったものを…

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・作品データ

原題:Felkészülés meghatározatlan ideig tartó együttlétre
上映時間:95分
監督:Horváth Lili
製作:2020年(ハンガリー)

・評価:90点

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