スレイマン・シセ『The Young Girl』バマコの生活と抑圧された女性たち

サブサハラ・アフリカ地域の映画監督として世界的に成功した監督は、雑に言えばセンベーヌ・ウスマン(セネガル)、イドリッサ・ウエドラオゴ(ブルキナファソ)、ジブリル・ディオップ・マンベティ(セネガル)、アブデラマン・シサコ(モーリタニア)、そしてマリ出身のスレイマン・シセだろう。彼らの作品は日本でも紹介されることが多いんだが、その多くが特集上映やVHSでのみの入手となっているのが辛いところ。というわけで、今回はスレイマン・シセについてご紹介しよう。

シセは1940年4月21日、マリは首都バマコのムスリム一家に生まれる。幼い頃から熱狂的なシネフィルだったらしい。中学時代をセネガルのダカールで過ごした後、独立したマリに戻っている。成長した彼が映画に関わったのは、ムルンバ逮捕のドキュメンタリーを上映する時に映写技師の手伝いをしたのが最初だという。1970年にモスクワの映画学校への留学から返ってきたシセは、情報省にカメラマンとして入省し、ドキュメンタリーや短編映画を作っていった。1972年、中編映画『Cinq jours d’une vie (Five Days in a Life)』を製作、コーラン学校を落第した青年が惨めな泥棒になって通りで寝起きするという話で、カルタゴ映画祭でプレミア上映された。そして、1974年に初長編『Den muso (The Young Girl)』を製作する。

1970年代のマリの生活、工場での労働風景や夜のクラブで踊り狂う若者たちを描写する冒頭。彼らがスーツやジーンズやドレスを着る一方、中年以上の人々(特に女性)は身分がどうであれ伝統的な衣装を着ている。或いは、主人公たちが裕福で、ベッドやソファが家にあるのに対して、労働者であるセコウの家にはそれが無いばかりか、土壁・茅葺屋根の伝統的な家に住んでいるという対比もある。経済が成長する一方、貧富の差も拡大していた時代というのが読み取れる。

主人公は裕福な工場長の娘テニンである。彼女は姉や友人とクラブに行って遊んだり、若い男たちと共に映画を観たりして過ごしている。両親は聴唖のテニンを心配しているが、本人はなんのその。しかし、彼女が友人たちと川に泳ぎに行った時に事件は起こった。いたずらで川に投げ落とされた彼女が河辺でぐったりしていると、一緒に来たセコウが近付いてきて、彼女をレイプしたのだ。聴唖のテニンは声をあげることすら出来ない。この衝撃的な内容から本作品は上映禁止とされ、シセ本人もフランスから資金提供を受けた廉で投獄されてしまう。キャリアの再開は三年後の『Baara (Work)』まで待つことになる。

その後、暫くは普通の生活が続く。広い庭を姉妹で追いかけっこしたり、恋人セコウの家でまったりしたり。しかし、テニンの体調があまり優れないことを気にした母親が医者に診せると彼女は妊娠していたことが判明する。母親は彼女の不節操を恥じ、父親は彼女に勘当を言い渡す。そして、兄弟を呼び集め、家に返ってきたら(娘を)ぶっ殺すから君たちもよろしくと吹き込む。彼らには考え直せと諭されるが、父親は考えを変えない。

言葉を発せないテニンを中心に据えることで、彼女の存在そのものが男性優位社会に盲目的に従うしか無い女性を描いている。彼女は手話すら出来ないので、首を振るか写真を渡すくらいしかコミュニケーションの手段がない。それこそが、主張を発することも出来なかった抑圧された女性たちの象徴なのかもしれない。加えて、テニンの母親であるファンタも強権的な父親に召使いのように使われていて、庭には庭師がいるのに、部屋には妻が"置かれて"いるのだ。

家に帰ってきたテニンを見た父親は彼女を追いかけ回し、心臓発作で亡くなる。残された母親は"一家の恥"であるとして子供を認知させようとするが、テニンに対しても"一家の恥"であるとして家から追い出す。悲しみに暮れるテニンはセコウの家に行くが、既に新しい恋人がいるのを発見して放火、秘密裏に実家に戻って服毒自殺する。行き場を失った感情が初めて爆発したシーンに引き続いて、彼女の光を失った目が大きく映され、"神よ！彼女は死んだ！皆が彼女のために泣くだろう！"という叫びが重ねられる。そして、遺体を発見して泣き崩れる母親と、遺体をベッドに運び出すシーンの上にエンドクレジットが重ねられる。

これは当時のマリ特有の問題でもなんでもなく、発展途上国だからもアフリカの国だからでもない、現代でも通用するような普遍的な話題を扱っている。そう考えると、本作品の時代超越性というのは評価に値するんじゃないか。

・作品データ

原題：Den muso
上映時間：128分
監督：Souleymane Cissé
公開：1975年→上映禁止(マリ)

・評価：70点