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エロイ・デ・ラ・イグレシア『Glass Ceiling』団地妻は殺人狂の夢を見るか?

大傑作。マルタは郊外の小さなマンションに暮らす魅力的な主婦である。彼女の忙しい夫カルロスは出張ばかりで家を空けがちで、猫のフェドラと共に暇で空虚な日々を送っている。ある夜、上階から響く騒がしい足音でマルタは目を覚ました。上階のフリア&ビクトル夫妻もマルタ&カルロス夫妻と似て長期出張を繰り返す夫と専業主婦の妻という構成で、互いの家に行く程度の知り合いだったからだ。あの重い足音はビクトルか、真夜中に起きるなんて病気が悪くなったんだろうか。翌朝、冷蔵庫が壊れたから肉を入れて欲しいと言ってやって来たフリアに何気なく尋ねると、ビクトルは昨日の昼頃から出張に出ていると言う。しかし、昨日の午後はバスも動いてなかったし、冷蔵庫もちゃんと動いている。何かがおかしい。暇を持て余していたマルタは独自に調査を開始する。

エロイ・デ・ラ・イグレシアの長編四作目となる本作品は、ヒッチコック『裏窓』とキューカー『ガス燈』を足して二で割ったような展開を見せ、存在すら分からない殺人について妄想しながら、視覚的情報ではなく聴覚的情報によって"勝手に"追い詰められているパラノイア映画である。どちらの要素が多いというわけでもなく、それぞれの要素をぴったり半分混ぜ合わせるという、翻案としては最高の出来に到達している。しかも、窃視的な目線が明後日の方向から導入される。マルタが寝ているとき、薄着で部屋を歩いているときなどに、いきなり映像がシャッター音と共に止まるのだ。これによって、カメラ自体に窃視的な目線が加わり、犯人と観客がある種の共犯関係に置かれる。劇中、大家で陶芸家のリカルドがこの理論を補足する。"映画は1秒間に24回の真実"と言うが、映画は窃視的興味の捌け口に他ならない、と。それと同時に、『裏窓』のジェフリーズが行っていた犯罪捜査に観客が加担することにもなり、犯人として犯罪に加担しながら、捜査官として犯罪を調べていくという奇妙な構造になっている。

★以下、結末のネタバレを含む

本当に殺人が行われたのだろうか。未だに帰ってこないカルロス、不敵な笑みを浮かべるフリア、唯一の味方とも言えるリカルドさえ含みを持った言い回しで信頼ならない。最後の最後までウジウジとマンションに留まり続けた物語は、カルロスの帰宅とフリアのパラノイアの頂点が重なり合って、急に引っ越していったフリアを追って豪邸へと辿り着く。そして、裏で走っていたプロットが別々の形であったことが薄っすらと提示され、『裏窓』と『ガス燈』は決して混ぜ合わせではなく、同時に観ていただけだと分かる。演出過剰かと思ってた伏線回収のあまりの華麗さに唖然としてしまった。

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・作品データ

原題:El techo de cristal
上映時間:92分
監督:Eloy de la Iglesia
公開:1971年5月3日(スペイン)

・評価:90点

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