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ラスムス・ブライスタイン『The Bridal Party in Hardanger』ハルダンゲルフィヨルドの自然の下で

ノルウェー無声映画期の代表作であるだけでなく、ノルウェーの視覚的/文化的な歴史においても重要な作品。1905年にスウェーデンから独立したノルウェーでは、多くの人々にとって国家のアイデンティティ問題は重要な命題の一つであり、若い世代の芸術家たちは積極的にこの問題に取り組んだ。ラスムス・ブライスタインもその一人だった。ノルウェー文学を映画化して成功を収める海外の映画製作者たちに飽き飽きしていた彼は、ノルウェー演劇界の才能を結集して自分たちの主張を映像世界にぶちまけることにした。発足時点ではノルウェー映画業界もまだ若く、映画製作自体もあまり成功していなかったが、ブライスタインが監督した『Fante-Anne (Gipsy Anne)』(1920)がそんな状況に突破口を開いた。そして、本作品の興行的/批評的成功によって、ノルウェー国内でも映画が新たな芸術としての地位を確立することができたのだ。本作品はブライスタインの監督四作目で、最も完成度の高い作品として知られている。

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本作品にとって、そしてノルウェーにとって重要な一枚の絵が存在する。Hans Gude と Adolph Tidemand によって1848年に描かれた「Bridal Procession on the Hardangerfjord (Brudeferd i Hardanger)」である。伝統的な花嫁の一団がハルダンゲルフィヨルドを横切る様子を鮮明に描いたこの油絵は、現在ではノルウェー美術史上最も重要な絵の一つとして広く知られている。この絵が制作された当時、ノルウェーはまだスウェーデンに併合されていたため、ノルウェーの美術界は文化のあらゆる分野でノルウェー人であることの意味を明確にしようとしていた。つまりこの絵には、ノルウェーの自然に対する深い敬愛と、伝統的な衣装/音楽/工芸品への郷愁が組み合わされいるのである。そんな絵画を基に、1868年に神父クリストファー・ヤンソンによって書かれた小説「Marit Skjølte」もまた、民族的ロマン主義的な観点から生み出された作品だ。書かれた当時、ノルウェーの若者たちの多くは貧困に喘ぎ、新大陸へ移住することを夢見ており、その社会的分断から生まれる緊張感は計り知れないものがあった。ヤンソンは伝統的な文化や自然を称える運動と対照的に、これらの問題も扱って、ノルウェーの未来を探ろうとしていた。

舞台となるのは20世紀初頭のノルウェー。当時はノルウェーの農業資源が人口増加に追いつかず、多くのノルウェー人がアメリカに移住していた時代だった(事実、ノルウェー系アメリカ人はアメリカで10番目に大きな欧州人の祖先集団になる)。ロケ地の村から多くの村人がエキストラとして参加していたが、彼らは映画とほとんど変わらない生活を送っていた。冒頭で映し出されるのはボートを漕ぐ老人、彼が最後に見たであろうノルウェーのフィヨルドの景色、そしてその先にあるアメリカ行きの蒸気船である。同年にノルウェーで製作されたカール・テオドア・ドライヤーによるサイレント映画『グロムダールの花嫁』と同様の自然豊かな情景が記録されているが、この冒頭の自然描写と蒸気船への自然な視線誘導は特に流麗で美しい。また、基になった絵画のシーンを再現した結婚パーティのシーンでは、花嫁や花婿を乗せたボートがフィヨルドを横断するシーンがあり、シンプルな造りながらその場にいるようなショットの連続で驚かされる。

物語は両親の渡米に付いて行かずにノルウェーに残った少女マリットの年代記である。彼女は恋人アーナスのために渡米を諦めたが、彼は彼女が諦めたことに驚き、彼女に結婚を約束して旅に出てしまう。そして、数年後に戻ってきた時には村の有力者の娘との結婚が既に決定していた。それでもマリットは悲しみや怒りに飲み込まれることなく、裏切りには軽蔑を、不当な扱いには退職を申し出るなど、意思の強い人物として描かれている。ラストに向けて少々甘めになるが、土着の文化と物語性を両立し、卓越した自然描写でまとめあげる手腕は見事と言わざるを得ない。

1926年に初上映された本作品は大ヒットを記録し、その後1年に渡って国中を巡業していった。ブライスタインは作品の国際的な価値を正しく理解していたこともあり、映画の中に登場する移民者の如く、本作品及び初期作『Fante-Anne (Gipsy Anne)』を携えて渡米し、200回以上の公演をして回った。この時代にしてはかなり珍しく、ハリウッドを訪れる目的がノルウェーでの新しい企画のための資金集めと技術研鑽だった。その後も細く長い活躍を見せたブライスタインは、ノルウェー映画史上最も重要な監督の一人としての地位を確立した。

本作品は"死ぬまでに観たいノルウェー映画101本"に選出されている。相変わらず難易度がバグってて怖いし、死ぬまでになんか絶対見終わらないが、未知の映画世界の広がりを感じるのでとても好き。

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・作品データ

原題:Brudeferden i Hardanger
上映時間:104分
監督:Rasmus Breistein
製作:1926年(ノルウェー)

・評価:80点

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