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Eduard Zachariev『Manly Times』ブルガリア、"男らしさ"の時代を生きる人々

大傑作。ブルガリア山間部の古い古い因習として、"他村から若い女性を略奪して結婚する"というのがあったらしい。それが最も強い男であることの証明だというのだ。しかし、奇妙なのは"めっちゃ古い話です"と字幕が言う割に、リボルバーが登場することだ。つまり、『炎のマリア』のような中世の話ではなく、本当につい最近まで行われていたんだろう。冒頭ではロバ一頭を連れた白髪の屈強な男バンコと20代くらいの男三人(うち一人は雇い主、二人は協力者か同業者)が、並々ならぬ緊張感を湛えて誘拐の準備をする姿が描かれる。ロバに荷物を乗せ、顔を洗って髭を剃り、ライフルやリボルバーの準備をして出発する。そして、他村を臨む山の上に陣取り、誘拐目標である若い女性エリツァを監視している姿が続いて描写される。台詞はほとんどなく、異様な緊張感があるのだが、それに負けてか若い男たちはヘマばかりするし、エリツァの兄一人を取り押さえるのに三人がかりでエリツァ本人の存在を忘れるなど、全体的に手際が悪い。だからこそ余計に緊張感が生まれるのだ。

やがて、エリツァは彼らに捕らえらるが、隙を突いて逃げ出し、木の上に登ったり崖から飛び降りる素振りを見せたりなど、最後まで抵抗し続ける。彼女の抵抗によって、男たちは当時当然の権利だった"女性をコントロールする"ことが誰一人として出来ない。逆にエリツァは、自暴自棄に振る舞っているように見えるが、女性がモノとして扱われるのが確定している世界の中で、最も丁重に扱ってくれる人物を探そうと、自律性を持って、自分を苦しめようとする者たちを何度も翻弄しながら優位に立っていく。短絡で意気地なしな若い三人に比べると、プロフェッショナルに徹するバンコの姿は幾分マシに見え、両者は近付いていく。

本作品は、民族的な側面が色濃く反映された犯罪映画である。商品としての女性を届けることを生業としていた男が、その女性と親しくなってしまうこで、"日常"が崩壊していく。『トランスポーター』じゃないか(特に一作目のジェイソン・ステイサムとスー・チー姐さんが恋仲になるやつ)。そして、エリツァを逃してしまったバンコは、任務失敗として男らしさを失ってしまう。"男らしさ"の時代は、女性は勿論のこと、男たちの首をも絞めていき、それを維持するためには背中を撃たれて死ぬしかない。エリツァもバンコも実に魅力的な人物で、だからこそグロテスクさが目の前まで迫ってくるようだった。

・作品データ

原題:Мъжки времена
上映時間:128分
監督:Eduard Sachariev
製作:1977年(ブルガリア)

・評価:90点

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