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サフディ兄弟『Daddy Longlegs』父への愛憎は天に昇る

大傑作。『Go Get Some Rosemary』という別の題名も付けられているサフディ兄弟の監督二作目。映画の中ではそっちになっているので、"あしながおじさん"という題名のほうが後から付けられた…のか?映画は34歳になる映像技師のレニーが、別れた妻に付いていった子供たちを数週間引き取るところから始まる。彼は父親というよりも年長の友人として振る舞い、それは子供たち以上に子供のようだ。ガキっぽいということではなく、子供のように好奇心旺盛。そう、『The Pleasure of Being Robbed』に出てきたエレノアのように。そして、エレノアを演じたエレノア・ヘンドリクスは本作品にもレニーの恋人としてカムバックする。姉妹編と言っても差し支えない。ザラザラのフィルム画質で捉えられる寒々しいニューヨークもそのままに、バーで出会った女性と一緒に子供も連れて郊外に行くシーンなんか、完全に前作のボストン行きのシーンと重なってしまうし、しょうもない犯罪で逮捕される展開まで似ている。シロクマに代わって登場する巨大な蚊も不気味そのもの。下手ウマなトランペットの音色が染み渡るようなニューヨークの寒空もそのままである。

異なる点を挙げるとするならば、主人公が三倍に膨れ上がったことか。子供たちはお世辞にも行儀がいいとも言えないが、それ以上に父親も悪ガキがそのままある程度の責任感を持って成長したようで、父親と親友の両面を持った人物と言える。その点、ある意味無責任に窃盗を繰り返していた前作のエレノアより人間味がある。また、映像技師としての仕事には真摯に向き合っており、この手のちゃらんぽらんな父親にしては珍しく勤務態度は真面目そのもの。恐らく『赤ちゃん教育 (Bringing Up Baby)』らしきケイリー・グラントが何度も映像の中で言及されるのは、彼が映像技師であることに加え、悪ガキ二人(baby)を育て(bring up)ようとするレニーの悪戦苦闘にまで言及しようとしているのかもしれない。

この映画が父親に捧げられていることからも分かる通り、愛すべき親友であり面倒な父親でもあった実の父に対する複雑な感情がシーンの端々に現れる。ふとした瞬間に突拍子もないことを始める父に、子供がついて行けないのだ。それはある種父親として"世界を体験させてあげたい"という願いかもしれないし、単に母親に取られてしまった子供たちの関心を引きたいだけだったのかもしれない。映画が進むにつれて不穏な空気になっていくのは、監督兄弟のアンビバレントな感情の現れだろう。子供たちと過ごす時間が経つごとに、父親の行動はより"父親"として振る舞おうと空回りを続け、全方位に迷惑を掛けることで音を立てて崩壊していくかのように人間関係がミニマルに収束していく。俺にはお前たちしかいねえんだ…と語りかけるような背中はロープーウェイの背中に取って代わり、父親への愛憎は文字通り天に登っていく。地上を写し続けたカメラが初めて上を向くのだ。

本作品にはエレノア・ヘンドリクスを含め、前作に登場していた俳優たちも多く出演している。前作で道行く人に挨拶していた"バットマン"は本作品で物乞いとして登場、また前作で例のバックハンド解説でハムを吹っ飛ばした卓球ガチ勢のおじさんが本作品でレニーの同僚を演じている。監督ジョシュもレニーの同僚役で少しだけ登場。本当に姉妹編じゃないか。

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・作品データ

原題:Go Get Some Rosemary / Daddy Longlegs
上映時間:100分
監督:Josh & Beny Safdie
公開:2010年1月22日(アメリカ・サンダンス映画祭でのプレミア上映)

・評価:90点

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