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【読書感想文】優しい音楽 / 瀬尾まいこ

📚内容(BOOKデータベースより)
混雑した駅中、彼女は驚いた様子でまっすぐ僕の方へ歩いてきた。それが僕たちの出逢いであり、恋人同士になるきっかけだった。でも、心も身体もすっかり馴染みきったある日、唐突に知ってしまう。彼女が僕に近づいた理由を―。(表題作「優しい音楽」)ちょっと不思議な交流が生みだす、温かな心の触れ合い。幸福感と爽やかな感動に包まれる短編集。

📚読書感想文
▶ 総括して
ひととひととが関係を築くのには、様々な障害がある。意見の入れ違いや、勘違いや、裏切り行為や、諍い、停滞、第三者の介入、等。もちろん、ふれあいや、共感や、よいこともたくさんある。
わたしたちは、それらを通して関係を強固なものにしたり、見切りをつけたりする。
日常のようで、大切なこと。それをいまいちど考えさせられる短編集だった。
瀬尾さんの小説に出てくる女の子たちは、パワフルで天真爛漫で、とても好きです。

(以下、作品ごとの感想につき ネタバレを含みます。)

🎼優しい音楽
ひとと親しくなるには、きっかけや入り口が必要になる。それらは、所詮きっかけや入り口に過ぎない。けれど、のちのち、きっかけや入り口を、快く思えない出会いもある。
わたしたちは、会話や関わり合いをとおして、相手の中身を知る。そして、好きとか嫌いとか、尊敬とか軽蔑を覚える。百年の恋も冷める出来事もあれば、とつぜん大好きになる出来事もある。
タケルくんは、千波ちゃんが大好きだった。千波ちゃんもタケルくんを好きだけれど、彼に興味を持ったきっかけに後ろめたさを感じている。けれど、けっきょく千波ちゃんは誠じゃなくて「タケルくん」を好きで、タケルくんは千波ちゃんが好きなのである。たぶん、彼女の家族も、「タケルくん」が好きだ。平和な世界。

🍠タイムラグ
わるい人なんてそうそういないんだな、と思った。それにしても深雪のお人好しはすぎる気がするが。
この物語で、わかりやすく悪者を担っているのは平太とその父親である。
平太が、深雪の家の時計が遅れていることに気づかなかったとは思いにくい。不貞をはたらく者は、じゃあねとドアがしまった瞬間 時計を見るだろうから。それを許したのは、セカンドとはいえ深雪を愛していたからだろう。もちろん、不倫は許されるおこないではないけれど。
平太の父親にしたって、差別的な意識もあるにせよ、根底にあるのは我が子の幸せを願っている にほかならない。
サツキの子に対する思いも、佐菜の両親への思いも、端々に愛を感じることができる。要は立場と受け取り方なんだな と思った。

🏕がらくた効果
他人でなくなるということ。書面上だけでなく、本質的にも。それは一見すばらしいことのようにも思える。愛の為すわざだと思われたりする。けれど実際、それだけではない。エネルギーを必要とする仕事だし、馴れ合いがそうさせる側面もある。
マンネリ化しているふたりに、ずいぶん野蛮なやり方ではあるものの刺激を与えた佐々木さん。彼とその行いをとおして、はな子と章太郎はあらたに発見したり見直したりする。長らく恋人でいて、同棲までしてしまうと、どうしても結婚への必要性が薄らいでしまう。このままでいいんじゃないか。いまのところ問題ないし。身軽だし。しかし、ふたりは、佐々木さんを契機に動き出すことになる。
いっぽう佐々木さんも、あらたな生活を決意した。(このまま自殺とかしてなければいいけど。あるいは妖精だったのではないかとまで思うけど。)うら若いはな子と章太郎に、すくなからず感化されただろうと思う。
彼らは、みな"がらくた効果"によってスタートを切る決意を得た。そう、停滞しても、脱落しても、わたしたちは走らなくてはならないのだ。

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