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坪内逍遥が翻訳したマクベスを、さらに翻訳する。

 自劇団で10月にシェイクスピア「マクベス」を上演することにした。
 シェイクスピアは劇団としては「オセロ」「空騒ぎ」「ヴェニスの商人」に続いて本作「マクベス」で四作品目となる。

 多言語の古典脚本を上演するとき、脚本家と同じくらい翻訳家は重要だと私は思う。上演チラシや公演概要に脚本家の名前はほとんどの場合掲載されているが、翻訳家の名前が載っていないことは結構多い。私は脚本も書くし、たまに短い簡単な英文の翻訳をして上演したことがあるが、執筆と同じくらい創造性を要すると感じる。専門で高度な翻訳をされる方ならそれは如何ばかりか。

 話を戻すと、自劇団である獣の仕業ではシェイクスピア作品の翻訳者としてはいつも坪内逍遥のお世話になっている。
 坪内逍遥。皆さんご存知の文豪坪内。明治時代の作家、一番有名なのは「小説神髄」だろうか。一度は口に出してみたい日本語、小説神髄。

 言ってみましょう。

「しょうせつしんずい」

 ワァー、かっこいいですね。

 この題名だけでも分かる通り、坪内逍遥先生の言葉はとにかく、いかつくてかっこいいのだ。明治時代の日本語が今とは少し異なっていたというのをさておいても、同時代の別の作家と比べてもまあとにかく文章が豪奢。リッチで派手でイケイケで、セレブの豪邸にいるような気分になる。
 また、現代のシェイクスピア翻訳家と比べると、意訳や語順の入れ替えが少なくて、現代日本語文法に照らし合わせるとちょっと読みづらさもあるものの、それもある意味シェイクスピアの原文を英語文法のまま一番すなおに訳されていると言えるなと、自分は思っている。
 読みやすくするための原文にないセンテンスの追加もない。それから「巧いこと言いたがり」なところも、シェイクスピアと坪内の作家性がリンクしているように感じられて、原文の良さをなるべくそのまま味わいたければ坪内逍遥訳、かなりお勧めしたい。

 そんなわけですっかり坪内逍遥訳の虜になっているのだが、上演するときにいつも困ることがある。どうも、作品内の漢字がやたら難しい。
 明治の作家先生だ、現代日本で使われていない旧字があるのは当たり前。言い回しが聞き慣れないのも仕方ない。とかく困るのは「当て字」なのである。
 どんなもんか、引用して例をあげる。

曖昧の體(てい)でございました。[...] 水練者(すいれんしゃ)が、水中で引ッ組んで、双方共に疲れ果てたといふ塩梅式(あんばいしき)に。[...] 謀反人には適當(てきたう)なマクドナルドは、西方群島から輕裝兵(カアシス)や重裝兵(ガローグラヤス)を夥多(あまた)驅(かり)集めましたので、[...] ところが名にし負う猛將軍のマクベスどのは [...] いッかな告別辭(さよなら)を言はれゝばこそ、臍から顎へ掛けてさッと斫(き)り割いて、其(その)首をば胸壁に懸けられました。

 これを書くのが普通に大変だった。「○○ 旧字」「骨 豊」などで検索をしまくってやっと書けた。()内は振ってあったルビの一部を引用している。
 いやしかしねェ、坪内さん。私なんぞが勉強不足なのを差し引いても、流石にこれ、本当に明治の人は分かるのかい? 文字を読んで分かるんじゃあ、不足なんだよ、俳優が発話して、音だけ聞いて分かるんかい?

 カアシスって聞いてさあ「ああ、輕裝兵だなあ」ってさ、思うのかい?
「さよなら」は流石に「さよなら」なんじゃ、ないんかい? 頭の中で「告別辭」とはならないんじゃないのかい、どっちだい。っていうか輕裝兵ってなんなんでしょうか(※歩兵のことらしいです)

「これが明治式だ、愚者め、下がれ」と言うことなら、しょうがない。すいません、坪内先生。でももしこれが明治式じゃなくて「坪内式」だとしたらね、かなりね、話は違うんですよ、先生。

 と、本当は問い掛けたい。しかし坪内先生はもういないのだ。自分で調べるしかない。

 獣の仕業でのシェイクスピア劇の上演、その製作工程のスタートは、いつもこんな風に「坪内式」かどうかを確認するところから始まるのである。それは言うなれば、シェイクスピア戯曲を翻訳した坪内の作品を、再度「翻訳」する作業に似ている。シェイクスピア原文は英語で書いてあるので字幕無しで日本で上演するのは聞く側も喋る側も難しい。とはいえ坪内の言語も──少なくとも発話表現での、しかも一回限りしか受取り手が聞くチャンスがない劇場演劇では── よほど言い回しに慣れている人でなければ難度が高い。

 だから、坪内の翻訳を、本当に僭越なのだが、もう一度だけ翻訳をかける。「翻訳」だ。書き換えではない、私にとって、この作業は、あくまで、本当に「翻訳」なのだ。そういう気持ちでやっている。
 シェイクスピア原文の良さも、シェイクスピアの良さを考慮して行われたであろう坪内の翻訳も、坪内翻訳の個性も、なるべく落とさずに、現代の私達に届けられる言語に、翻訳する。

 私は翻訳という工程が大好きなので、この作業がとても楽しい。
 しかし楽しかろうが、大変なものは大変だ。
「シェイクスピア式」なのか、はたまた「明治式」なのか、それともやはり「坪内式」なのか。私には一見では見分けが付かないから。

 すごい難しい言い回しだなと思って原文にあたったら、実は翻訳は原文そのままだったということも何度もある。シェイクスピア先生、坪内先生、あなたたち相性良すぎるでしょう。

 そんなこんなの毎度の作業の末完成した、シェイクスピア作、坪内逍遥翻訳、演出家再翻訳の「マクベス」。
 稽古場での初読みで、脚本の漢字がむずかしいと俳優たちが嘆いていた。彼らの感覚はもちろん至極正しい、私だって初見読みはできないだろう、しかし、いやァ、じゃあ坪内翻訳ママを一度見てご覧よ、と言いたい。きっと瞳孔開いちゃうぜ。私は翻訳作業中、終始ガン開きだった。

 じゃあ最後に、坪内式クイズを。

「茫然」

 なんと読むでしょうか。

 正解は


茫然(ぼんやり)


 正解した方には茫然マニアの称号をプレゼント。

補足:「茫然(ぼんやり)」という読み方が当時一般的に使われているかをすこしだけ調べたところ、同時代の作家である小川未明も同じ読みを作品に使っていたことが判明。

婆は眠っているようだ。茫然(ぼんやり)とした顔付(かおつき)をして人が好(よ)さそうに見える。
小川未明:「老婆」より

 しかし小川未明、私は調べるまで分からなかったのだが坪内逍遥の弟子だそうで「未明」という雅号も坪内が付けたものらしくて、つまり生粋の坪内チルドレンであった。未明が逍遥の弟子だという情報に辿り着いたときには、深夜にも関わらず大きな声で「よしきた!」と言ってしまった。
 しかしそれゆえに「茫然(ぼんやり)」が坪内式なのか当時の明治の読み方として一般的なのかどうかは、私の中で微妙に決着が付いていない。

 我こそは「茫然(ぼんやり)」に一家言ありという方の情報を待ちたい。

獣の仕業次回公演のお知らせ

獣の仕業 第十四回公演
マクベス [Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow,]
2022年10月21日(金)〜10月23日(日)
会場:シアター・バビロンの流れのほとりにて
脚本:W・シェイクスピア 翻訳:坪内逍遥
脚色・演出:立夏

  • 21日(金)20:00

  • 22日(土)14:00,19:00

  • 23日(日)13:00,18:00

  • ※上演時間90~100分※

チケット予約フォーム

劇場観劇と、配信視聴でチケット予約窓口が異なっています。

劇場で見たい方

  • 劇場観劇チケット:2,500円

  • 紙脚本付き+劇場配信チケット:3,000円

  • ※上記フォーム内で券種を選択できます。

配信で見たい方(アーカイブ視聴)

出演

マクベス/Macbeth(武将)…小林龍二

マクベス夫人/Lady Macbeth(マクベスの妻)…雑賀玲衣
ダンカン/Duncan(スコットランド王)、ヘケート/Hecate(月と魔術の女神)…長瀬巧
バンクォー/Banquo(武将)…恩田純也 
マクダフ/Macduff(スコットランド貴族)…今村貴登
三人の魔女/Three Witches:
・第三の魔女/Third Witch、マルコム/Malcolm(王子、ダンカンの息子)…きえる
・第二の魔女/Second Witch、フリーアンス/Fleance(バンクォーの息子)…野崎涼子(salty rock)

第一の魔女/First Witchシートン/Seyton(マクベスの鎧持ち)…手塚優希

あらすじ・演出ノートなど詳細

感染症対策なども記載しています。

詳細は決まり次第noteやTwitter@kmn_chan_botでお知らせいたします。
Twitterでは公演関係者たちもおのおので #獣の仕業 #獣マクベス のハッシュタグで情報や稽古場の様子を投稿しています。ぜひご覧になってください。

獣マクベス公演関係者リストhttps://twitter.com/i/lists/1558797824996753408







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