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作詞『歯車』|こんな場所にいてはならないと心底思った時の話。

Paul Simon/Peace like a river の替え歌を作りました。



『歯車』

Ah... またあいつが怒鳴っている
唸る機械の音かき消して Oh...
また怒鳴ってる

Ah... 誰にだって純粋無垢な頃があって
たとえ厭になっても許されてた Oh...
許されてた

流れ回る 歯車の列
時計の針と示し合わせたかのように
また明日も……

Ah... また私はうつむいてただ待つ
時計の針が終わりを告げるまで
Oh... ただ待ってる




「ああ、私って社会の(会社の)小さな歯車のひとつに過ぎないんだワ!」
――という陳腐なイメージから出発した本作品。

売れっ子ミュージシャン(例:ミスチル)が何を思ったか労働者のことなんか書いた日(例:彩り)には、フルカラーの脳内お花畑みたいな歌詞になってしまうでしょう。ここは、わたくしK.M.――本物のブルーカラーが一発かましてやりませんと。という意気込みでした。嘘です。適当なこと書いてます。
同じ金持ちが書いた労働者ソングでも、Bon Jovi の Livin’ On A Prayer は好きですけどね!


冗談はさておき、歌詞中の「いつも怒鳴っているヤツ」については具体的な思い出があります。
十九の時でした。ゲームクリエイターを志して上京したものの早々と心くじかれて帰郷した当時、日雇い派遣をいくつか経験する中で、とある運送会社の倉庫作業の仕事にその「怒鳴り野郎」はいました。


仕事内容は缶コーヒーの景品づけです。缶の上部にプラスチックのふたがついて、中に小さなフィギュアなどが入っているアレです。あれ、手作業でつけているのですよ。
飲料メーカーで箱詰めまでされているのを一度開封して、景品をつけて、また箱に戻す。その流れ作業を八時間ぶっ通し。こういう仕事を一度でも経験したら『僕のした単純作業が回り回ってまだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく』なんて前向き過ぎる歌詞が書けるもんかい! ――え? お前の人間性の問題? 聞こえないね。
そこで働いたのはニ三週間でしょうか。その間、ヤツの怒鳴り声がやむ日はついにありませんでした。


幸い、私が配属されたラインとは別のラインにヤツはいたので、対岸の火事としてやり過ごせました。同じラインだったら半日でバックレてます、確実に。
noteにも職場のパワハラ・モラハラ体験談を書いている人が多くいますが、職人気質の現場仕事だったり、そもそも競争の激しい業界だったりするとそういう事態になりがちなのかな、と考えることもできます。(それで良いというわけではありませんが)
「このハゲー!」で一躍有名となった豊田真由子氏の場合も、エリートがミスを連発する凡人を許容できないという分かりやすい構図がありました。詳しい事情は知りませんが。


一方この怒鳴り野郎、実は運送会社の社員ですらないのです。つまり、日雇い労働者が日雇い労働者をなじるという、まさに『目くそ鼻くそを笑う』状態なのです。
怒鳴っている内容も叱責や指図なのですが、仕事が仕事ですから、ミスがどうとか、やり方がどうとか、そんな大層な話はそもそも生じ得ない。ということは、中身のないことを一日中怒鳴っているわけです。パチンコで負けているおっさんが台に向かってぶつぶつ独り言つのに近いかもしれません。

十九歳、まだ社会に出たばかりで何も知らず、何の生活力もない私ですら直感しました。

こんな人間と同じ場所にいてはならない。



有り体に言えば、今自分が目にしているのは社会の底辺にいる人なのだ、と確信しました。東京で無根拠の自信を打ち砕かれたばかり、上から目線になりようもない十九歳の私が同じ仕事をしながらそう感じたことが何よりの根拠です。
新社会人は「厳しい社会を知る」と聞きますが、私の場合は「異様な社会人を知った」というのが妥当な表現でした。


いつかプレイしたデリ嬢が「安い店は客層も悪いのよ」とぼやいておりましたが、我々の職場も同じでしょう。安い職場にはそれなりの人間が集まりやすいと、私の実体験の範疇では言わざるを得ない。
事実、固定給でボーナスも出て連休もある、という正規雇用を得てからは、同僚にあれほど酷い人間を見たことはありません。頑固者だとか変わり者だとか言っても高が知れている。


それでも、他人にイラついたり不満を覚えたり、正直に言って少々見下してしまうことがないわけではない。
例えば、店員の態度が気に入らないとか、同僚の身勝手が過ぎるとか……。
なんだコイツ――という思いが走る時、私はこう考えます。

この残念な店員でも働けるような店しか利用できないのが自分の現状。

この残念な同僚でも働けるような職場にしかいられないのが自分の現状。


目の前の相手をさげすむ時、所詮は自分自身も同じ穴から出られずにいるムジナであると自覚すること。こう考えれば少なくとも攻撃的にはならずに済みます。
あの怒鳴り野郎を思い出すたび、残念な人間を眼中に入れたくないなら残念な環境から飛躍する以外に術はない、と私は肝に銘じるのです。


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