根拠を求めるけど求めない在り方
ここのところ家族と過ごす時間があって気付いたことがある。
「幸せは条件が整っていなくてもいい」ということ。
大きな家に住んでいる
結婚している
素敵なパートナーがいる
沢山の友人や仲間がいる
カッコいい車を持っている
沢山のお金を持っている
好きに使える時間が沢山ある
どれも満たすと分かりやすく幸福を感じやすいものだと思う。
私もそういった「結果」を目指してより良い幸せを目指したいという希望がある。
家族を豊かにしてもっと自由にしてあげたい。
息子におもちゃ・本・遊び道具・習い事を沢山させたい。
だから頑張ろうと意欲が湧いてくる。
物や時間や選択肢を拡げる為には「結果」がある程度必要。
だけれど今ある物でも幸せは作れる。
昨日帰っている途中にバスケットゴールが欲しいなと思って買おうとしたけどあるもので工夫できないかなと考えていたら閃いた。
息子の食事する時の机に引っかけるイスだ。
ここにボールを投げて入れる遊びを見せてみる。
ハマらない。笑
今度は自分の腕で輪っかを作って奥さんにシュートを打ってもらう。
奥さんはらあまりシュート上手くなかったので外しておでこに直撃。
息子大爆笑。
シュートが成功するとパチパチ拍手👏
失敗しても痛がっているところをみて爆笑🤣
どっちに転んでも勝ちの図式完成!!
すると息子がボールを持ってダンクシュート!
すげーかわいい。
‘’幸せなんて元々あると思えばある。その辺に転がっているのに気付こうとするかだ。’’
「自信」も一緒。
根拠のない自信を持つことを学生時代に先輩に勧められたことがあった。
「幸せ」や「自信」は皆欲しいものだけど何もかけずにきっと持てる。
少なくとも「幸せ→もっと幸せ」は簡単になれるのだと家族との関わりで学んだ。
ここ最近の体調面の悪さは、色んなことがあるけど満足いく「結果」を得られていないから起きていたのかもしれないなと思う。
わたしにとって「自信」とは「自分の価値」に繋がりやすい。
価値提供できなければどうしようもない人ではない。
ちゃんと自分を大切にしなきゃダメだ。
自分を大切にして自分が救いたい・サービスを届けられるようにしよう。
遠いところより近くから良くして行こう。
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