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(エッセイ)それは顧客の仕事ではない

 上司やコンサル、セミナーの講師からは市場調査(アンケートや顧客インタビュー、フォーカスグループ等)をしなければならないと言われ、一方「市場調査はすべきでない」という偉大な起業家・経営者も大勢いる。

市場調査はするな。それは君が既に知っていることを告げるか、君のやる気を削ぐだけだ。
          - ジェームズ・ダイソン、ダイソン 創業者
(Don't do market research – it will either tell you what you already know, or put you off all together – James Dyson)
多くの場合、人々は実際の商品を見せるまで何を欲しいか知らないもんさ。
          - スティーブ・ジョブス、アップル 共同創業者
(A lot of times, people don't know what they want until you show it to them – Steve Jobs)
市場調査の結果で経営するなんて、バックミラーの視界で車を運転するようなものよ。
          - アニータ・ロディック、The Body Shop 創業者
(Running a company on market research is like driving while looking in the rear view mirror – Anita Roddick)
人々がどのように暮らしているのか注意深く観察しなさい。そして、人々がこんなものを欲しているのかもしれない、そんな直感を得たなら、それでやってみなさい。市場調査なんてするんじゃない。
          - 盛田昭夫、ソニー 共同創業者
(Carefully watch how people live, get an intuitive sense as to what they might want and then go with it. Don't do market research – Akio Morita)
市場調査ってのは、商品がどうしようもなく酷い時にすることだ。
          - エドウィン・ランド、ポラロイド 創業者
(Market research is what you do when your product isn't any good – Edwin Land)
市場調査は新製品には役立たない。
          - 本田宗一郎、本田技研 共同創業者 

・・・等々(キリがないので、この辺で)。僕自身、かつては大企業の研究所や新事業開発部門に在籍していたので何度も市場調査に携わり、ついでに好奇心から、調べられる側にも何度も参加した(ちなみに、マーケターじゃなく、技術者だった)。毎度、感じたのは罪悪感だ。調べる時も、調べられる時も。

 そこには根本的な問題があると思う。

(1) 言行一致せず 〜 それは人間の性質

 コカコーラ社が1985年に実施した市場調査は、最も有名な失敗例だろう。同社は台頭してきたペプシに対抗すべく、新しい味を求めて空前規模の市場調査を実施した。20万人にも及ぶ被験者を使った調査では「新しい味」、「オリジナルの味」、「ペプシ」の3つをラベルを隠して飲み比べさせた。調査は半数以上の消費者が「新しい味」を支持する結果となった。新しい味はペプシに近い味だったので、同社は「人々は(ペプシのように)甘い味を求めている」と結論付け、新しい味のコーラ『New Coke』の製造・販売へ莫大な投資を決断した。広告にも巨額の資金を投入したが、「新しい味」のコーラはさっぱり売れず、結局、元の味に戻すことになった。

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 Mrs.Fieldsのクッキーも著名な事例だ。アメリカン・クッキーというと、大きくてやわやわ、ちょっとチューイーなクッキーが代表的であり、米国ではカフェや遊園地、空港、イベント会場など、何処でも手に入る。が、1977年までそうではなかった。創業者のDebbi Fieldsがコンサルタントに頼んで実施した市場調査では、「米国人が好きなのはカリカリのクッキーであり、あなたの作るソフトでチューイーなクッキーではない」と否定された。
 しかし、Debbi Fieldsは市場調査の結果にめげずに事業を推進してアメリカン・クッキーの代名詞になった(なお、同社はテック系企業ではないが、創業の地はシリコンバレーの中心、カリフォルニア州パロアルト市)。

 国内事例ではリンナイ社のガスコンロ『ホワロ』のケースが示唆に富む。同社は、コンロの点火つまみの色を11色の中から選べる商品を企画した。販売に先駆け事前アンケートを実施、一番人気はフレッシュ・グリーンと黒、逆に最も不人気な色はグレーという結果を得た。しかし、実際に最も売れた色は、事前アンケートで一番不人気だったグレーだった。

 知人は「私はピンクは似合わないから絶対買わない」という。が、彼女のスマホのケースもスポーツウェアもピンクだ。僕は「次に買いたい車の色」を聞かれると「オレンジ」と答える。嘘じゃなく、本当に欲しい色なんだ。でも、オレンジ色の車はこの先も購入しないと思う。

 文化人類学者は、この手の現象を昔から知っている。それは、人間の性質なのだろう。

人々が言っていることと、人々がやっていることと、人々がやると言っていることは、全く別のことだ。
          - マーガレット・ミード(1901-1978)、文化人類学者 
(What people say, what people do, and what they say they do are entirely different things – Margaret Mead)

※ なお、コカコーラなどの失敗に対し、市場調査の専門家からは様々な原因が寄せられ、調査のやり方が悪かったのだ、という指摘があった。しかし、過去を振り返ったから分かる指摘であり、消費者の言葉に耳を傾ける難しさは、その後も変わっていない。

(2) 「仕方ない」の壁 〜 問題と認識されない

 5、6年前に某IoT企業社長から、ある病院の話を聞いた。その病院では、夏なのに真冬のコートを着て歩くスタッフを何度か見かけたそうだ。同社長が不思議に思って問いかけると、同病院では氷点下35度で管理しなければならない薬があり、規定の温度帯でちゃんと保管されているか、スタッフが極寒の冷凍室へ一時間毎に24時間体制でチェックしに行かねばらなない、と。昭和の時代ではなく最近の話だ。さっそく、冷凍室のドアを開けずとも中の温度を測れるシステムを紹介したところ、こんな便利な道具があったのかと感動されたそうだが、技術系の人間からすると、何故、道具を探さなかったのか、その方が不思議に感じる。が、これはよくあることだ。

現実問題、人は自分の隠れたニーズなんて語れない。・・・例えばガソリンスタンドで給油する時、かなり高い確率で衣類にガソリンがかかってしまうよね。そこには問題があるように見える。だけど「何か給油で問題ありませんか?」って尋ねると、みんな「ない」って答えるんだよ。
          - デヴィッド・ケリー、IDEO創業者のStanfordでの講演より
(... the truth is that people can't tell you what their latent needs are. ... You know, people who dump gasoline on their clothing, the percentage is incredibly high. It seems like there's a problem there. But you ask them, "Do you ever have a problem pumping gas?" They say, "No.")

 この現象はITが苦手な人(特に高齢者)に多い。登録や設定が難解とか、アプリの使い方が良く分からない、更新で失敗した、パスワードが覚えられない、ネットは怖い、等々。この人々は、本当は問題に直面しているのだが「分からないのは、自分の勉強不足のせい、仕方ない」とか「技術音痴の私には、所詮、無理、仕方ない」と諦めてしまう、口を閉ざしてしまう。繰り返すが、こういう人々は本当は問題に直面しているのだ。

 人は問題に直面しても、その解決策が分からず「仕方ない」と諦めれば、問題として認識するのをやめてしまう。昔は精神衛生上、適切な処置だったと思う。が、技術が急速に進歩する現代、昨日まで解決策がなかった問題でも明日には解が生まれることもある。ただ、今現在、多くの人々は解決できるはずの問題も「仕方ない」と認識して思考停止、それを問題としては認識しない。そして、問題として認識しないので、アンケートやフォーカスグループのような方法で聞き出そうとしても言葉として表現されることはない。

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 10年以上昔になるが携帯電話の父と呼ばれるマーチン・クーパー氏の講演を聴講した。講演も素晴らしかったが、それ以上に会場からのある質問が印象に残った。携帯電話メーカーのマーケティング・ディレクターという人物が質問に立った。その人は2000年頃に携帯電話にカメラを付けるニーズを調査したそうだ。その頃といえば、日本ではJ-Phone(現ソフトバンク)がカメラ付き携帯電話/写メールの大々的な広告キャンペーンを展開していた頃だ(※ 信じられないかもしれないが、当時、日本は携帯電話関連の技術で世界をリードしていた)。

「4度に渡る詳細な市場調査を実施したが、4度ともカメラ付き携帯電話のニーズはないという調査結果だった。が、今(講演当時)、カメラは携帯電話の基本機能になった・・・」

質問者は半分愚痴のような話を述べた後、今の時代、市場調査は機能しないのだろうか?という問を投げかけた。クーパー氏の返答は盛田氏を踏襲するものだった。

大衆は何が可能なのかを知らない。それを知っているのは我々だ。
          - 盛田昭夫、ソニー共同創業者

(3) 存在しなかった

もし、人々に何が欲しいか尋ねたなら「もっと早い馬」と答えただろう。
          - ヘンリー・フォード、フォード・モーターズ創業者
(If I had asked people what they wanted, they would have said "faster horses" – Henry Ford)

Appleのスティーブ・ジョブスがiPhoneのアイデアを思いついたのは2004年、社内で研究開発中のタブレット(iPadに近い)製品を見た時だそうだ。研究者たちはパソコン(Mac)の新商品を目指していたが、ジョブス氏の頭で閃いたのはスマートフォンのアイデアであり、すぐにiPhone開発プロジェクトがスタートした。もちろん、市場調査なんてしていない。逆に消費者に聞いた結果からiPhoneが生まれるとはとても思えない。

 Twitterのサービスが立ち上がったのは2006年だが、ユーザー数が急激に増えたのは2009年に入ってからだ。当時、僕はシリコンバレーのVCと活動していたので、Twitterのことは、かなり初期から聞いていた。初めの頃は懐疑的にしか思わなかった。
 iPhone登場前だったのでスマホのアプリはなかったが、Twitterは携帯のショートメッセージ機能を使って投稿できる(文字数制限の理由)ことが特徴だった。その後、ローカルテレビ局のニュース番組、及び、そのキャスターを巻き込み、ハリウッドのセレブも少しずつ巻き込み始めた。それから、2008年の秋だと思うが、MITのメディアラボを訪問、アフリカの災害マップ作りにTwitterを活用しているのを見て社会的にも役立つんだと認識し、この時、ようやく価値を感じはじめた。同時期、iPhoneアプリのTwittieが登場、そして2009年の大ブレークを迎えた。
 でも、ジャック・ドルシーらがTwitterを立ち上げた2006年当時、140文字のマイクロブログに関して市場調査をしていたら、どういう結果になったであろうか?市場調査の結果で起業を決めていたら、Twitterは存在しなかったと思う。

 Twitterだけでない。1998年(Google創業)、ドッドコム・バブル真っ最中、ウェブ広告といえば派手なバナー広告を競っていた時期にAd SenseやAd Wordのような地味なテキスト広告に対する市場調査を実施していたら結果はどうだったのだろう?
 1976年(Apple創業)にパーソナル・コンピュータの市場調査をすれば結果はボロボロのケチョンケチョンだっただろう。

家でコンピュータが必要な理由なんて、誰にもない(1977年)
          - ケン・オルセン、DEC創業者
(There is no reason for any individual to have computer in his home – Ken Olsen)

 SNSといえば、名前を隠してハンドルネームを使うのが常識だった2006年(Facebook創業)、実名表示を義務付け、交際ステータスを売りとするSNSは市場調査では否定されただろう。
 インターネットは、超遅くて料金も高いダイヤルアップ接続しかなかった1994年(Amazon.com創業)、しかも、Windows95リリース前なので一般家庭にパソコンも普及していない時代に、オンラインで本を売るなんてアイデアを市場調査しても結果は明らかだ。
 もし、市場調査の結果で起業するか判断していたなら、今日、GAFAは存在しなかったであろう。

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(4) それでも、やめられない

大企業では市場調査は企画会議を通すために実施し、スタートアップならば投資家から出資を得るためであり、あるいは営業は顧客を誘導する資料作りのために実施する。大抵、製品は既にあり、顧客が直面する問題を理解するなんて二の次だ。信頼関係が構築されると市場調査会社の人は親切心から、こう聞いてくれる。

「で、今回はどんな調査結果をお望みでしょう?」

まあ、市場調査はこういったシチュエーションでは必要なんだろうと思う。中身よりも体裁が必要な時があるのも理解できる。あちこち縛られる組織の中では、その方が物事は早く進む。ただ、顧客の立場として、そんな体裁作りに付き合わされるって、何なんだろうなぁと思う。

何が欲しいかを知ることは顧客の仕事ではない。
          - スティーブ・ジョブス、アップル 共同創業者
(It's not the customer's job to know what they want – Steve Jobs)



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Merci beaucoup
その昔、AIの応用研究に従事していた。あれから幾年も歳月が流れ、随分、世の中が変わったと思う。ここ数年、AIに囲まれた社会での『人々の価値観』は、どう変化するのだろうと折を見て空想しているが、紹介する短編小説は、そんな空想を下地に綴った物語です。