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AIについて語る時(3)AIに包まれたなら 〜 自動運転を例に

アップルの故スティーブ・ジョブス含め、シリコンバレーでよく引用される格言がある。史上最高のアイスホッケー・プレイヤーと称されるウェイン・グレツキー(カナダ)の言葉だ。「なぜ、ここまで偉大な記録を残すことができたのか?」という質問への返答。

“I skate to where the puck is going to be, not to where it has been” – Wayne Gretzky

パックとは、ホッケーで使うボール(円盤、大判焼きみたいな形・大きさ)のことだが、意訳するなら『なぜって、俺はパックが今ある場所じゃなく、これから行くであろう場所へ向かって滑ったからさ』

  運転手が不要なレベルの無人自動運転(SAEのレベル4、5)は、単なる自動車の進化という小さな話ではない。現代社会を大きく刷新するトリガーだ。それは、駅中心の街づくりを過去のものとし、日常生活から炊事をなくし、老若男女のアクティブな生活を後押しし、港を市民に開放するかもしれない。マンションや自宅に憩いの場が増え、エネルギーの利用効率を高め、ゴミ処理問題を大きく軽減するかもしれない。
  しかし、・・・帰国後、幾つもの自動車やAI関連のイベントに参加したし、大学で開催されるイベントにも足を運んだ。日本のメディアにも、そこそこ、目は通していると思う。でも、日本での自動運転の議論は「パックが今ある場所」に集中、随分とスケールの小さな話に陥っている感じがする。そう思うのは、僕だけだろうか?

1. 交通を支配する

  僕もそうだし、米国の知人の多くも、過去十年で最大のイノベーションは、UBER(ライドシェア・モデル)だと思っている。UBERの創業者は、経営者としての倫理観・人間性に欠けて退場となったが、UBER登場で米国のライフスタイルは大きく変わった。移動がスマホのアプリになった。アプリで行き先を指定してボタンを押せば、すぐに迎えの車がくる。行き先も告げず、支払いもアプリ内で完了するので、運転手と一言も話さない、目も合わさない、客の多くは降りる時に ”Thank you” すら言わない。車を運転しない若者が増えた、米国なのに。今では、ライドシェアのない生活なんて考えられないって人も多い。でも、これは、まだ、変化の序章にすぎない。
  米国ライドシェアの二強、UBERとLyftは無人自動運転技術の開発競争に莫大な資金を投入、今後2、3年でサービスを立ち上げる計画に言及しており、自動車メーカー各社と積極的に協業している。今年4月には、電気自動車メーカーのテスラ・モーターズが同社の自動運転車を使ったライドシェア・サービス(ロボタクシー)の計画をぶち撒けた。CEOのイーロン・マスク氏は、技術的には、来年2020年の第2四半期から無人自動運転を使ったサービスを始められると豪語している。

  ライドシェアが無人自動運転化された時には世界が変わる、米国では、それを肌身で感じることができる。何故なら、日常的にライドシェアを使う機会・環境があり、その価値を容易に想像できるから。

  米国でライドシェア・アプリを使ったことがある人なら、地図上に幾つもの自動車のアイコンが虫のように動き回る画面を見たことがあるだろう。ライドシェアの事業者側は、登録している全車両、何十万、何百万台もの車両をモニタリング、随時、何処で、何人乗せて、何処に向かっているかを把握している。そして、今は『モニタリング』だが、自動運転化されれば『コントロール』する立場になる。
  交通を直接『コントロール』する、まるで街を神様の立場で支配するゲームのように。今は画面をランダムに這い回る虫ころのようなアイコンも、自動運転化後には、交通の流れが最大になるよう設計されたアルゴリズムの下、整然と流れるビット、いや、ビットというより、人や荷物を格納して運ぶ『パケット』として制御されるだろう。

2. Door-to-Door

  イノベーションは技術ではなく経済の概念だ。経済性が大きく変わるところにイノベーションがある。例えば、UBERの登場によって、マイルあたりの移動コストが半分になった。ボストン・コンサルティング欧州の研究では、無人自動運転のライドシェアリングのコストはキロメートルあたり0.09ユーロ(平均乗客数四名)、日本円にして約11円で経営できるという。
  ちょっと試算してみよう。渋谷から横浜までタクシー会社の料金見積もりは約1万円だ。一方、渋谷から横浜まで国道466号線を使えば30キロなので、ライドシェアのコストは330円。もし東急東横線の線路伝いに走れるなら24キロしかなく、必要なコストは264円になる。もちろん、事業者側は利益分を上乗せする。50%乗せるならば396円、約400円だ(国道466なら500円)。東横線は渋谷〜横浜間は270円だから、電車よりは高くなる。が、東横線が渋谷『駅』から横浜『駅』なのに対し、ライドシェアはDoor-to-Doorの料金だ。130円(国道466なら230円)しか違わない。あなたなら、どちらを選ぶだろうか?ちなみに、先日、乗った四国の伊予鉄は27キロ移動するのに料金は5百円だった。同じ計算をすると、ライドシェアはDoor-to-Doorの料金で446円になる。地方では電車より安くなる、それもDoor-to-Doorで。

「いやいやいや、都市圏じゃあ、渋滞でダメでしょう?」って思うかもしれない。が、いやいや、今は交通ルールはあるが、交通網としてスループット(処理能力)を上げる制御はされていない。無秩序、ランダム、ドライバーの勝手気まま。こっちは渋滞、あちらは閑道、通勤ラッシュはノロノロ、深夜はスカスカ。ドライバーの絶対数、それと、ドライバーの勤務時間の制限があるので今は仕方ないが、無人化が進めば、スループット向上に様々な工夫の手が打てる。そうなれば、今の人の流れや物流程度なら、今の交通網で十分すぎるくらい余裕があるだろう。
  喩えるなら、90年代初頭、インターネット接続はダイアルアップしかなく、モデムのスイッチをオンにしてピー・ガラ・ゴロと鳴るのをしばらく待ち、やっと繋がっても動画なんて問題外、小さな画像のやりとりもストレスを感じる時代だった。初期のパソコン通信では、通信速度は300BPS程度だった。それが、同じ電話回線を使うのにADSLでは数十メガBPS、実に十万倍のスループットを達成した。光回線や来春から始まる無線通信規格の5Gでは、初期のころから比べると、千万倍ものスループットになる。・・・通信と交通は違うって?まあ『神様のような立場』で制御しても、交通網のスループットが千万倍は上がらないだろう。が、十倍、百倍くらいは向上するだろう。今の感覚の渋滞ってのは、早晩、なくなるくらいは十分期待できるよね?


3. 交通量じゃなくスループットで

  米国での議論が面白いのは、交通システムの議論の中心に情報通信の基礎理論に慣れ親しんだリーダーが多いからだと思う。UBERやLyftは、もちろんITの専門家集団、同じく無人自動運転に積極的なグーグルは言わずもがな、テスラ・モーターズのイーロン・マスク氏もITがバックグラウンド、こういう人たちが次世代の交通を議論しているって、どういうことか?
  単に車をAI/コンピュータを使って制御するって、話じゃない。人や貨物を、通信回線上を流れるデータのように、どうやって効率的に流すよう制御できるかって視点で捉える。交通量ではなく、スループット(処理能力)の最大化だ。車という『点』ではなく、価値あるものが流れる『ネットワーク』として問題を見つめる。そこでは、古い交通システムの常識には縛られない、新しい発想が生まれる。

  情報通信でも「トラフィック」って用語を使うが、もちろん、元は交通学の用語だ。元々、情報通信は交通学の概念を参考にした。その後、ITの世界はムーアの法則で18ヶ月で二倍という爆速で何十年も進化を続け、自律分散型で制御するインターネット方式が生まれ、情報を共有するためのウェブが登場し、ネット上で安全にデータをやり取りする公開鍵暗号やら、ハードやOSの違いを吸収する仮想化やら、みんなで分散して不正を防ぐブロックチェーンやら、モバイルにウェアラブルにIoTにビッグデータに・・・云々かんぬん、いまだ、猛烈な進化を続けている。今は交通システムが情報通信から多くを学べるし、学ぶべき時代になった。

  例えば、数年前、米国のテレビ番組で公共交通機関の車両の収容人数最適化の議論があった。交通機関毎に最適な収容人数は異なるが、基本的に今の車両は大きすぎるという議論だ。そこには、パケット通信の洞察が反映されていた。日本では路線バスをイメージすると分かりやすい。
  路線バスでは、通勤時間帯は座席数二十七の車両に七十人近い乗客がすし詰めになる一方、昼間は数人、しばしば、乗客ゼロで運行している。ドライバー不足だから仕方ないのかもしれない。が、無人自動運転になれば話は違う。例えば、七人席の小さなバスを作り、混雑時は十台を同時運行、昼間は一台だけ運行する。 通勤時間なんて多くの乗客の目的地は同じ駅なので、駅を目的地とする客が七人乗ったら、その車両は空いてる裏ルートを検索して駅まで直行してしまう。パケット通信のように乗客を小分けにし、道路状況に応じて自律分散で経路を柔軟に選択できるようにする。そうすることで、通常路線の渋滞削減に繋がるだろう。車両を小さく小分けにすれば、同じ路線で「下車は駅だけ」のバスと「駅には止まらない」バスの二つに分けるという柔軟な設計も可能になるだろう。そもそも『時刻表』って概念も過去のものになるんじゃなかろうか?

  あるいは、交通量は時間帯によって大きく異なる。深夜から早朝、あるいは、場所によっては通勤時間帯以外、道はスカスカだ。無人自動運転化された時には、物の運搬は、この時間帯へシフトすべきだろう。前述の小型のバスも、バスとして運行していない車両は、椅子を畳んで運送に使える設計にしておくと良いだろう。コンビニなどの倉庫から倉庫への運搬などに活用すれば、交通渋滞も防げ、バス事業主の経営も安定する。
  倉庫から車両、車両から倉庫への貨物の積み込み・荷降ろしを無人化するロボットは、既に何社も開発に着手している。早晩、倉庫から倉庫への貨物運搬の全行程が無人自動化されるだろう。アマゾンは既に複数社と一緒に大規模な実験をしているが、遠くない将来、草木も眠る丑三つ時は、無人の倉庫が忙しい時間帯になるだろう。

  あるいは、長距離トラック輸送にも変革があるだろう。日本の物流では、海岸線が長いというアドバンテージをもっと活用すべきだと思う。例えば、ノルウェイのスタートアップ、Griff Aviation社が開発したドローンは、最大200キロの貨物を運ぶことができ、次期製品では実に800キロの貨物を運べるという。しかも、悪天候でも稼働できるそうだ。早晩、ドローンの積載量は数トンになるだろう。そんな重たい荷物が頭上を飛ぶのは勘弁、とも思うが、海上の船と海岸の倉庫(or トラック)との間の貨物の積み込み・荷降ろしであれば、まっ、いいかな、と。つまり、ハイパワーのドローンを搭載した大型貨物船を海岸線に沿って周回させ、積荷の届け先近くの海岸に近づいたら、ドローンで近くの倉庫へ運ぶ、あるいは、逆に倉庫に置かれた荷物を、巡航する貨物船が来たら、ドローンで船まで運搬する。当然、ドローンも貨物船も自動運転(※日本政府は、貨物船も2025年をめどに自動運転化を目指している)。
  日本の海岸線に沿ってぐるっと一周、あたかも、海上にベルトコンベアがあるようなイメージだ。こうすれば、例えば、神戸港で陸揚げした貨物を青森まで長距離トラックで運ぶようなことは不要になる。大型貨物船を港に停泊させることで掛かる費用も浮かせられる。このようにドローンと貨物船とトラックをミックスさせた物流システムが発展すれば、渋滞の原因となる大型トラックの走行距離も激減するだろう(ついでに、貨物船やドローンが海上の自然エネルギーで稼働できるなら、さらに素晴らしいが)。

4. 無人自動運転でキッチンがなくなる?

  無人自動運転は、人を運ぶだけに限らない。Nuro社やStarship Technologiesなど、食料品や料理の配送に特化した無人自動運転車の開発競争も本格化している。米国では、既に多くの実証実験が進んでいるが、元グーグルの技術者が始めたNuro社は、Softbank Vision Fundから一千億円もの出資を受け、米国最大手のスーパー・マーケット、クローガーと今年4月に一部地域で商用サービスも始めた(※実験サービスでは、一部、トヨタの自動運転車も使われていた)。
  さらに食事を作る調理ロボットの開発競争も盛んだ。調理ロボットは、元々はメカに強い日本の独擅場だったが、認識工学や機械学習などAIによる高度な調理ロボットが相次いで登場、さらに、既存の考えにとらわれない新しいビジネスモデルの登場で、日本の優位性は大きく揺らいでいる。まだ簡単なメニューではあるが、例えば、MIT発のレストランSpice Kitchenは、大胆に調理ロボットを導入。シリコンバレーのZume Pizzaは、調理場にロボットを導入するだけでなく、宅配トラックの中にもピザ焼きロボットを設置、配達先に着く直前に焼き上げる工夫もしている(※投資家から500億円近い出資を受けている)。
  UBERがUBER Eatsを始めたのも、こういう背景からだろう。つまり、今はクラウド・ソーシングで人力で配送しているが、早晩、無人自動運転に置き換え、さらには、調理にも手を出す可能性も十分あるだろう。

  調理も配送もロボット化されれば、フード・デリバリーのコストは大幅に下がる。一方、社会的にはフード・デリバリーへの潜在ニーズが高まっている。理由の一つは高齢者の増加だ。高齢者だけで暮らす家庭の栄養の偏りや嚥下調整(飲み込む力に応じて食べ物の柔らかさを調整)が問題になっているが、フード・デリバリーは現実的で有望な(あるいは、唯一の)解決策だ。
  もう一つは、生涯未婚率の急上昇。生涯未婚率とは、五十歳までに一度も結婚しない人の割合を意味するが、今現在、男性は四人に一人、女性は七人に一人、それが、2035年には男性の三人に一人、女性の五人に一人が生涯未婚になると推計されている。一般に独身者は男も女も、家ではあまり自炊しない。料理って、誰かに食べてもらえるから作る気になるが、一人だと作る意欲がわかないんだ。
  調理も配送もロボット化された社会を想像してみてもらいたい。日常的に数百ものメニューから食事を選べ、自炊よりも安く、オーダーから三十分かからずに届き、食後のゴミも回収してくれる。コンピュータ/ロボットで調理するので、一人一人、個別にカスタマイズ、栄養管理やアレルギー対策を施すのも簡単だ。IoMT(Internet of Medical Things)などで自分の体調データを送れば、例えば、風邪で寝込んでいる時も症状に合わせた料理・調理方法を勧めてくれる。

  スイスの金融機関、UBSが2018年に発表した調査レポート『Is The Kitchen Dead?』では、オンライン・フード・デリバリー市場は、向こう12年で十倍に拡大し、2030年には、今現在、家庭で調理しているほとんどの食事をオンラインでオーダーできるようになると予測している。
  東南アジアでは、キッチンがない家が当たり前の地域も少なくない。屋台が普及しているから不要なのだ。同様に無人のフード・デリバリーが普及すれば、日本でもキッチンのない家が増えるかもしれない。前述のレポートでは、衣服をアナロジーに説明している。つまり、数十年前まで衣服は各家庭で作っていた。フル装備の裁縫セットはもちろん、家にミシンや編み機があるのが普通だった。が、その後、家では作らず、既製品を買うのが普通になった。その過程では、既製品の衣服の価格が劇的に低下する事象が起こった。今後、食事がその状況に近づく、と。(そういや、僕が幼稚園くらいまで、おせち料理は各家庭で作っていた。今、何%の家でおせちを手作りしているのだろう?)

5. 街並みが変わる

  これも、以前、米国で議論になったことだけど、無人自動運転&ライドシェアで人々が自動車を所有しなくなると、社会から駐車場/車庫が不要になる。空いた土地をどう有効活用しようかって、話。ライドシェアが普及した社会で暮らしていると、早晩、個人は車を所有しなくなる時代が来ると自然に思うようになる(車好きの人を除いて)。
  例えば、僕らは携帯電話を使ってるけど、携帯の基地局を所有してる人なんていないよね?携帯をかける時は、契約しているキャリア(ドコモとか、SB、auなど)が所有する基地局にアクセスして使う。今いる場所から一番近い基地局にアクセスする。同じように、今後、人々は移動する時には契約している『モビリティー・サービス』が所有する無人自動運転車を呼び寄せるようになる。スマホのアプリで、今いる場所から、一番近い車両を呼ぶ。それが当たり前になるでしょう?っていう、前提。
  で、みんな車所有しなくなると、今、駐車場/車庫で使われているスペースは不要になる。これまで車社会だった米国は、商業施設やオフィスのある一等地に広大な駐車場があって、つまり、そんないい場所が、鉄の塊を置くためだけの超無駄な使い方をしていた。そのスペースが解放される!って、ことで、ちょっとした議論が巻き起こった。
  日本でも、駐車場/車庫のスペースが解放されれば、それはそれで、そこそこ良いことあるだろう(駐車場ビジネス関係者を除き)。現在、日本の自動車保有台数は8200万台だが、稼働率は僅か4.2%しかない。20台の車があると、そのうち19台は駐車しているのだ。常時、東京ドーム2万個以上のスペースが単に鉄の塊を置くために使われている。これが開放されるならば・・・、マンションに憩いの場ができ、大手スーパーマケットの売り場面積が広がり、自宅に家庭菜園のスペースができる。路駐がなくなるのも良いよね?(でも、乗用車の販売台数は極端に減るだろう。関連産業は事業のシフトが必須になる)

  世界一の車社会、米国では駐車場/車庫スペースの解放に大きなインパクトがある。でも、世界一の鉄道社会、日本の場合、別のもっと大きなインパクトがあるだろう。それは、駅を中心とする社会、都市設計へのインパクトだ。Door-to-Doorで移動できる無人自動運転車によるライドシェアで、べつに駅の近くに住んでなくても不便でなくなる。駅の近くより、景色が綺麗だったり、静かだったり、空気が良い、そんな場所の方が価値が高くなる。僕のジョギングコースにも小高い場所があって、「ここ、静かで眺め良いなぁ、でも、駅から遠いから不便そう」と思う場所があるけど、ライドシェアが当たり前になれば、そんな場所に住みたいと思うだろう。
  トランプのゲームに『大富豪』というのがある。同じ数字のカード4枚出すのを「革命」と呼んで、それまでのカードの強弱が逆転してしまう、あのゲームだ。それを連想してしまう。今現在、駅に近いというだけでプレミアが付いて賃料が高いオフィスやマンションは、自動運転&ライドシェアが普及すれば「なに、それ?」ってなってしまう。不動産の価値基準が変わってしまう。鉄道事業者って、東急も西武も東武も小田急も阪急も東京メトロも近鉄も、JR各社だって、不動産ビジネスが結構なウエイトを占めている。米国と違い、自動車と上手に共存体制を築いた日本の鉄道事業者だが、自動運転&ライドシェアの普及は、本業の鉄道事業と同時に駅周辺に固めた不動産事業にも影響するから、ダブルパンチを食らう形になる。もちろん、駅周辺の土地を買い占めて財を築いた資産家も資産価値を大きく下げることになるかもしれない。
  冒頭、日本で自動運転の議論が「パックが今ある場所」しか見ようとしない、と指摘したが、その『隠れた原因』は、もしかすると、ここにあるんじゃないかと。自動車業界やマスメディア、学会は「忖度」でもしてるのだろうか?近視的な視点で、この業界/人々を保護しようとして「(パックが)これから行くであろう場所」の議論をあえて避けているのだろうか?もし、そう考えている関係者がいるならば、ハーバード大学の故セオドア・レビット教授が1960年に執筆した名著、”Marketing Myopia(ウェブで公開されている)”の一読を勧める。そんな近視的な視点で守ろうとした業界が、その後、どんな悲惨な状態に陥ったか、その歴史を学ぶべきだろう。

6. やがて包まれる

「AIって全然賢くない。犬猫の見分けすら六歳児に劣る」って、たしかに、そうかもしれない。一方、例えば、日立造船のごみ焼却発電プラントでは、数万個に及ぶセンサーからの情報をAIで二十四時間、休みなく監視・解析することで安全・最適に運転している。そんなの人間には不可能だ。
  AIの知的レベルは、まだ、幼いかもしれない。が、AIは休むことも脇見も居眠りもせず、人間には不可能な膨大なデータと向き合い、飽きもせずに働き続けることができる。それと、もう一つ。インフラやコンシューマ商品に使われた場合、人間に比べて、とんでもなく膨大な『経験』を共有、学習できるというアドバンテージがある。例として、無人自動運転版ライドシェアのケースを考えよう。

  通勤に車を使う人でも、一日の運転時間は平均一時間半に満たない。一方、無人自動運転によるライドシェアであれば、充電とかバッテリー交換の時間を除き、運転を続けられる。ここでは、簡単のため、一日、十五時間としよう。つまり、人間の十倍のペースで運転を経験する・・・一台当たり。無人自動運転車はネットに繋がっている。各車の経験を簡単に共有できる。人間と比較した場合、ここに、AIの優位性がある。
  既にテスラ・モーターズは、この方法を使っている。同社製品を購入したユーザーに協力を要請、同社の車載センサーが記録したデータを自動で回収、自動運転用AIの学習データとして利用している。イーロン・マスク氏が言うように、10万台の”Tesla Model 3”がロボタクシーとして登録されるなら、十倍×10万台で、人間のドライバーの百万倍も速いペースで運転経験を蓄積、学習できる。現在、UBERの登録ドライバーは二百万人、それが全て無人自動運転になれば、人間のドライバーの実に二千万倍も速いペースで運転を経験、学習することになる。人命に関わることなので、近い将来、この手の情報はサービス事業者/メーカーの壁を超えてシェアされると思うが、そうなると数億台、つまり、人間の数十億倍のペースで経験を蓄積、学習に反映させることができるのだ。
  
『人が歴史から学ぶことは、人類は決して歴史から学ばないということだ –– ヘーゲル』

人間は他人と経験をうまくシェアできない。一方、AIは他のAIと経験を完璧にシェアできる。
  自動運転に本腰入れて実験している米国では、既に自動運転の事故は何件もあり、死亡事故も発生、今後も自動運転による事故は起こるだろう。が、統計的には、今現在、既に人間の運転より事故発生率は少ないそうだ。日本では交通事故で毎年4千人もの人が命を落とし、世界では、その数は125万人にも上る。その多くは、わき見運転や瞬眠(ほんの数秒の居眠り)、飲酒や病気の発作などのヒューマンエラーと言われる。今後、自動運転の普及で膨大な学習データが得られれば、気が付くと人間による運転は危険すぎると認識される日も来るだろう。たぶん、そう遠くない将来に。

  社会の隅々に遍在する無数のAI(IoTの一種)と、クラウド上でそれらのAIと繋がった巨大AI(巨大クラスター・サーバー上に実装)。自動運転車によるライドシェアもそうだが、この構造で、個々のAIから送られる『経験』を巨大AIが学習、認識精度を上げたり、安全な制御方法など新たな知識発見に繋げる。この二層構造のAIシステムが、様々な用途で登場するだろう。それは、例えば、IoMT(Internet of Medical Things)のような医療/健康機器だったり、高齢者や児童の見守り、スマートスピーカーやコミュニケーション・ロボット、ヒューマノイド、スマート・ホームのような民生品だったり、河川や上下水道、電力網を監視、制御するインフラだったりする。

  初期は、さほど賢くないかもしれない。最初のうちは間違った学習をしてしまい、悪化することすらあり得る。しかし、いずれ、学習のコツを掴んでくると、我々の社会は、それまでとは別次元の安全、安心に包まれた社会を迎えるようになる・・・正しい学習目標が設定されていれば。

7. まとめにかえて

  日本でも自動運転の開発競争は拍車がかかっている。もちろん、自動運転を実現する上での技術や法律などの問題解決は重要だし、必須で、多くの資源を投入する必要があるだろう。
  が、パック(社会)が今ある場所のための技術開発や法制度構築ならば、それが完成する頃には社会は違う場所へ移ろいでいる。せっかく構築した技術や法制度も、社会や時代に適合しなくなる。欧米や中国で作られた仕組みが取って代わり、日本社会へ合わせるために少し歪んだ形でインストールされ、少し窮屈で不自由な状態で運用されるかもしれない。

  そうじゃなく、社会を大きく進歩させる成果へ繋げるには、パック(社会)がこれから行くであろう『場所(ビジョン)』へ向かって進まねばならない。そのためには、社会がこれから行くであろう場所(ビジョン)って何処か、もっと多く議論されるべきだと思う。喧々囂々で意見が分かれても構わない。もっと、たくさんの議論が巻き起こり、多くの人々が未来を描き、描き足し、塗り替え、そういったプロセスを経て形成された我々のビジョンを共有すべきだと思う。

  行くであろう場所(ビジョン)がシェアされれば、日本の技術者や研究者、専門家は、十分、活躍できる力を秘めている・・・はずだ(よね?)

(おわり)

[1] “will Autonomous Vehicles Derail Trains?”, J. Hazan, et. al., The Boston Consulting Group, Sept. 2016
[2] “Is the kitchen dead?”, https://youtu.be/1jixPRfafkc FT Transactによる紹介ビデオ.次のURLで日本語での解説もある:https://amp.review/2018/11/03/kitchenless/

[3] Tesla Autonomy Day(テスラの投資家へ自動運転を説明するイベント)https://youtu.be/Ucp0TTmvqOE

[4] 生涯未婚率に関しては、ググれば、たくさんの記事が出てくる。例えば、https://nikkeibp-america.com/mind/progress/lifetime-unmarried-rate/

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その昔、AIの応用研究に従事していた。あれから幾年も歳月が流れ、随分、世の中が変わったと思う。ここ数年、AIに囲まれた社会での『人々の価値観』は、どう変化するのだろうと折を見て空想しているが、紹介する短編小説は、そんな空想を下地に綴った物語です。