映画『ファウンダー』で学ぶ「所有権と交渉」
この記事では,みなさんと映画をベースに社会科学の概念を学んでいきます.ぜひ,映画を見てこのノートを読み,学術的背景に目を凝らしながら楽しんでください.
このノートでは「モラルハザード」編や「統計的差別」編,「スクリーニング」編に引き続き,映画『ファウンダー』を取り上げます.映画の詳細は「モラルハザード」編に記載していますので,よろしければご参照ください.
交渉第1ラウンド:俺にもっとよこせ!
映画『ファウンダー』では,マクドナルド兄弟とレイ・クロックの両者が激しく言い合いをするシーンがたくさん出てきます.地下室をつけるかどうか,宣伝をつけるかどうか,シェイクの材料を変えるかどうか,枚挙にいとまがありません.
その言い合いの大本といえば,彼らが結んだ契約にあります.マクドナルド兄弟はレイにフランチャイズ展開を任せるときに,品質管理のために次のような枷(かせ)を付けました(本編36分ごろ).
レイとの契約は膨大な条項がつけられますが,おおむね以下の2つに集約されます(37分前後の書類アップを見てみましょう).
1)店のことを変更しようとするときは必ず兄弟の許可を得ること
2)レイの取り分はFC店の売り上げの1.4%である
だからこそ,レイはマクドナルド兄弟を多くの局面で対立することになります.そして,フランチャイズの拡大にしたがって,開店資金が底をつきかけたことをきっかけに,取り分の問題も勃発します.レイがより多くの取り分を求めて,兄弟に交渉を持ち掛けます.(1時間7分ごろから)
兄弟は「自主的にサインした契約書」を盾に,レイの言い分を退けます.結果,レイの値上げ交渉は決裂することになります.兄弟にとって攻撃的に見えるレイを招き入れてしまった兄を弟は責めます.しかし,兄は契約がある限り安心だ,と返します.
交渉第2ラウンド:不動産で形勢逆転
レイは,資金不足から自宅を抵当に入れてまで資金調達をしようとします.そんな苦境の中,彼に(ある意味で)運命の出会いが訪れます(1時間15分ごろ).銀行に追加の融資を尋ねると「店の所有権はあるのか?」と尋ねられます.「取りまとめている」と返しても「(所有しているのであれば)資産じゃない」と突き放されます.銀行を出ると,隣のブースで聞いていたハリー・ソナボーンがレイに話しかけてきます.彼の申し出は,アイスではなく,より儲けられる方法でした.
ハリーはレイのオフィスに向かい,台帳を見ると契約の問題点をすぐに見抜き,土地と建物について尋ねます.これまでの契約は店側(フランチャイジー側)が場所を決定するシステムでした.つまり,今までのレイのやり方ではノウハウの提供のみだったわけです.そして,ハリーは「あなたは不動産業界にいるんだ」とレイに伝えます.
店舗の建つ土地を所有すべきだ,とハリーはレイに伝えます.土地を所有し,加盟者にその土地を貸すんだ,と.こうすることで収入を安定し,増資・拡大を促進することができ,フランチャイジーの品質管理もリース解約を通じて可能になる,とハリーは伝えます.
レイはこの話に乗ります.不動産会社を立ち上げ,フランチャイズ方式を変えます.アメリカ全土に店舗を拡大していきます.しかし,レイの不動産会社の話はマクドナルド兄弟の耳にも届きます.
弟ディックはレイに電話を掛けます.承認なしに加盟者との契約方式を変えた,と怒りの電話です.しかし,別会社だから関係ないとレイは返します.ここでようやく,レイが店舗が建つ土地を買っていることに気づきます.
そしてレイはとうとうミルクシェイクのレシピを全国的に変えてしまいます.かねてより冷凍保存のコストによって圧迫していたミルクシェイクを冷凍保存不要なレシピに切り替えます.
弟ディックはこれに激怒し,「契約に従え」と詰め寄ります.しかし,レイはとうとうマクドナルド兄弟の命令を無視していきます.つまり,交渉第2ラウンドは,レイの勝利となったわけです.
なぜ,レイ・クロックは強気に出れたのか
なぜ,交渉第2ラウンドでレイはマクドナルド兄弟に対して強気の姿勢で出れたのでしょうか? 第1ラウンドではあんなに無碍に値上げ交渉を却下されていたはずなのに,一体何が交渉の命運を分けたのでしょうか?
それを理解するためには,まず所有権を理解する必要があります.所有権とは,端的に一言で言えば「対象を好き勝手できる権利」になります.銀行に追加の融資を断られたのも店舗を担保として使えない(所有権がない)から,ということになります.
ここで交渉について考えてみましょう.交渉の起点となるのは「交渉が決裂した時の結果」になります.これをゲーム理論では脅し点と言ったりします.
所有権はこの脅し点を変えることで,交渉を有利に進める効果があります.この効果を,レイ・クロックとマクドナルド兄弟の交渉をベースに考えてみましょう.
第1ラウンドはレイが兄弟に値上げ交渉をしたシーンです.この場面で,交渉が仮に決裂したとしましょう.この時,土地や店舗の所有権を持つのはマクドナルド兄弟であり,レイは何も持ちません.なので,脅し点は以下のようになります.
第1ラウンド:脅し点
レイ・クロック:売上の1.4%
マクドナルド兄弟:土地+店舗+売上の0.5%
だからこそ,マクドナルド兄弟は契約を盾に強気に出れたわけです.なぜなら,契約が破棄され,交渉が決裂しても失うものがないからです.逆に,レイは決裂されると困ったことになります.なぜなら,取り分を増やす道が断たれるからです.だからこそ,そのまま自宅を抵当に入れて現状の契約を遂行しようとします.
一方,第2ラウンドでは,状況がガラッと変わります.第2ラウンドは,レイがフランチャイズの契約方式を切り替え,店舗の土地を持っています.なので,そこの上に建つ店舗の生殺与奪権も持っています.つまり,先ほどとは逆にレイは土地と店舗の所有権を持っている状態になります.すると,脅し点は先ほどとは逆になります.
第2ラウンド:脅し点
レイ・クロック:土地+店舗+売上の1.4%
マクドナルド兄弟:売上の0.5%
第2ラウンドでは,交渉決裂時には多くの資産がレイにわたることになります.だからこそ,交渉に強気に出れたわけです.逆に,事の重大さに気づくのが遅れたマクドナルド兄弟にとっては,もはや打つ手なし,という状況です.すでに実質的な効力を失った「契約の盾」を空虚に振りかざすことになるからです.
所有権とインセンティブ
所有権はこのように交渉に影響を与えますが,同時にインセンティブにも影響を与えます.端的に言えば「何かを所有すると,そこに投資する誘因を持つ」ということです.レイは契約に縛られていたころは,レイは何も所有していませんでした.しかし,不動産会社を立ち上げ,自らマクドナルド店舗の土地を所有すると,事業拡大に向けて加速していきます.所有権を持ち,自らの利益が投資に比例して増加していくことが要因です.
このシステム,実は日本史にも登場します.『続日本紀』という平安時代の史書に以下のような記述があります.
この記述は,中学校で聞いたことのある墾田永年私財法に関する記述です.
「墾田は養老七年の格に依りて,限満つる後,例に依りて収受す」の部分は,墾田永年私財法の前身である三世一身法に関する記述です.この三世一身法は,土地を開墾した場合は3世代まではその土地が自分のものになる制度を指します.
しかし,三世一身法を施行した結果どうなったのか,ということがその後の「是に由りて農夫倦怠して,開ける地復た荒る」の部分です.ここは要するに「農民が怠けて開墾した土地が荒れ放題」ということが書かれています.そう,三世代まででは農民が頑張る誘因を持たなかったのです.3世代後には土地が国に返ってしまうのであれば,頑張っても大損することになるからです.
この話,どこかで聞いたことありますよね.そう,モラルハザードに通ずる話です.時の政府(朝廷)としては,土地を開いて農作物をより多く収穫したいと考えていたのですが,それを企図したインセンティブ設計は失敗に終わったことになります.
そこで登場するのが墾田永年私財法になります.開墾して自分の土地にすると,その土地から生じる利益(=農作物)は一部徴税されるとは言え自分の取り分が増えていくわけです.だからこそ,土地を開き,そこに投資するインセンティブが生じるわけです.しかし,この墾田永年私財法は「もともと人を動員できる人がたくさん開墾して有利になった」という予期せざる結果を生み出しました.
今回は所有権について考えましたが,今回の話は情報の経済学という分野に属します.ご興味のある方はこちらのテキストを読んで理解を深めるとよいでしょう.
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