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ジャカランダの木を守る家

メキシコに来て好きになったものの一つに、ルイス・バラガンがある。
すらりと背が高く、生涯独身を貫いたメキシコの天才建築家、ルイス・バラガン。
彼の残した作品のなかに足を踏み入れるたび、日常から離れ、心の波が穏やかになっていく。

今回はそんなルイス・バラガン最後の傑作と言われる作品、ヒラルディ邸を写真と共に紹介したい。

首都メキシコシティで暮らす人々の憩いの場、「チャプルテペックの森」のすぐ南側、サン・ミゲル・チャプルテペックと呼ばれる地区にヒラルディ邸はある。静かな通りに佇む美しいメキシカンピンクに、この先に待つバラガンの世界観への期待が高まっていく。

この邸宅は1976年、当時80歳だったバラガンによって、ヒラルディ氏個人のために作られた。ヒラルディ夫妻は現在もこの家で暮らしており、邸宅内の見学は夫妻の息子さんによるガイドのもとで行われる。

玄関扉を抜け、2階へと続く階段下で説明を聞く。バラガン建築の大きな特徴のひとつが、天井に電灯がないことだ。手すりのないミニマムなデザインの階段は、吹き抜けの天窓から差す陽の光で照らし出されている。

階段を昇り、小さなパティオに出る。住宅の壁に囲われ守られるようにして、大きなジャカランダ(スペイン語では「ハカランダ」)が立っていた。70歳から10年間建築家としての活動をやめていたバラガンは、当初ヒラルディ邸の仕事を受ける気はなかったが、このジャカランダを見て設計を決意した、といわれている。

再び階段を降り、廊下へと続く扉を開ける。そこは柔らかな黄色い光で満たされていた。パティオから入る太陽光が、黄色く塗られた窓ガラス越しに、廊下という空間全体を温めているかのようだった。

驚きは続く。突き当りの扉を開けて、息を呑んだ。

そこにあったのはプールだった。澄み切った水はガラスの床のように見え、うっかりするとそこに足を踏み出してしまいそうになる。

赤い柱の背後には天窓からの光に輝く青い壁。微妙な光の屈折がプールの水と相まって、まるで深い海の底にいるかのような錯覚を呼ぶ。

プール横の空間はダイニングになっていて、そのままパティオへと出ることができた。先ほど通ってきた廊下が右手に、2階で眺めたジャカランダか目の前にある。

ジャカランダの幹のすぐそばに立ち、深呼吸とともに、ゆったりと広がったその枝葉を見上げた。見学を始めてからたったの40分しか経っていないのが信じられないほど、ずいぶん遠くに来たような気分だった。

春にこの木が満開の花を咲かせる頃、わたしはまだメキシコにいるのだろうか。ふとそんなことを思い掛けて、先を憂うのはやめようと自分に言い聞かせる。

自然の移ろいを愛したバラガンの、”変化を楽しむ仕掛け”がそこかしこに散りばめられたこの邸宅から、わたしも変わりゆくものを受け入れる勇気をもらった気がしたのだ。

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