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言葉を贈り合う

週末の朝。
洗面所でピアスをつけていると、鏡の右端にぴょこんと小さな黒髪の頭が映り込んだ。くりくりとしたふたつの目と鏡越しに視線がぶつかると、”にーっ”と笑って言う。

「おかあさんのピアス、めっちゃ可愛くてとっても似合ってる!」

そぅお?ありがとう。照れ隠しに答えるわたしの言葉を終わりまで聞かずに、黒髪頭は鏡から消え、パタパタとどこかへ走り去っていった。

誰かに褒めてもらうこと。

それってこんなに嬉しいんだなぁ、と最近しみじみと3歳の娘から教わっている。

服やアクセサリーにほとんど無頓着だった娘が、この半年であっという間におしゃれ大好きっ子になった。

きっかけはディズニープリンセスたちだった。昨夏に乗ったクルーズ船で、”本物”のシンデレラ、ラプンツェル、ベル、モアナ、そしてティアナに会った。色鮮やかな美しいドレスを着た彼女たちがこちらの目を覗き込むように優しく話しかけてくれたとき、娘はわたしの腰のあたりにしがみついて固まっていたけれど、旅行から戻った頃にはもう、何度も繰り返し彼女たちの物語を読んで、観て、真似るほどすっかり夢中になっていた。

秋から幼稚園の年少クラスに上がると、娘のおしゃれへの関心はさらに高まった。夏前にようやくオムツが外れたばかりだったはずのクラスメイトたちが、カチューシャや指輪、ブレスレットでおしゃれして登園してくるようになったのだ。生まれてすぐに産院でファーストピアスをつけるメキシコの女の子たちは、3歳にして母親のピアスを譲り受ける子までいるから驚いてしまう。

そんなクラスメイトたちをライバル視している娘は、迎えに来たわたしの顔を見るなり、鼻の穴を膨らまてその日の友達のファッションについて報告してくる。

「今日は◯◯がこーんなにおっきなキラキラのリボンつけてきたよ!」

「今日は◯◯がプリンセスみたいな靴履いて来たの」

報告のあとに続くのはもちろん、「娘ちゃんもあれ欲しいなぁ」だ。


毎日一生懸命に"可愛い"を追い求めている娘は、とても可愛い。どんな服を着て、どんな靴を履いて、どんなアクセサリーをつけて行こうか、出掛けるギリギリまで真剣に悩んでいる。結局外で走り回って遊ぶうちにプリンセスのドレスの裾は真っ黒になるのだけど。

家族や先生に褒められるのも嬉しいけれど、どうやら仲良しのお友達に褒められるのが一番嬉しいらしい。「可愛いね」とお友達に言われると、夜布団に入ってからもずっと嬉しそうにしている。

誰かを褒められることの嬉しさを知って、自分も誰かを褒める。

3歳の彼女たちの毎日を見ていると、そのまっすぐな言葉の贈り合いがときどきとても羨ましくなる。

つま先の薄黒くなったスニーカーばかり履いていたわたしは、最近3センチヒールのショートブーツを履くようになった。物置にしまってあった紙袋から引っ張り出してきたその日に、娘が玄関で言った。

「いつもと違う靴履いてて可愛いねえ!」

そぅお?ありがとう。照れ隠しに答えながら、手を繋いで廊下を歩く。心は3センチよりずいぶんと高く、弾むように上がっていた。

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