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Vol.9 なむさん&片野晃輔さんインタビュー「失われてしまった『発見する能力』をどうやって取り戻すか」

もうすぐオープンする「キヅキランド」は、好奇心豊かな子どもたちが何かを発見したり疑問を膨らませたりする楽しみを体験できるウェブサイト。これまで開発に長い時間をかけてきましたが、そのなかで去年夏には、ベータ版を使ってキヅキランド体験ワークショップも開催しました。ワークショップには「キヅキセンパイ」という、科学やアートの世界で活躍する大人が毎回参加し、こどもたちが動画に書きこんだ発見や疑問=キヅキを実況してくれました。

9月上旬に開催された第5回目、第6回目のワークショップには二人のキヅキセンパイが登場。一人目は、YouTubeで「ゲームさんぽ」というゲーム実況チャンネルを運営しているなむさん。似顔絵はお坊さんですが、実況の他のもうひとつのお仕事は……!? そしてもう一人は、大学や研究所には所属せずフリーランスで活動されている生物学者の片野晃輔さん。まったく違うジャンルで活躍するお二人ですが、実はある同じ思いを持って活動していらっしゃいます。それは、私たちのキヅキランドにも通じるものでした。

なむさん/YouTube実況者
多様な専門家とゲーム内をさんぽする実況動画「○○といくゲームさんぽ」シリーズを主宰。2017年頃から投稿をスタートし、2019年にlivedoor newsとのコラボ企画で気象予報士の石原良純氏や精神科医の名越康文氏らをゲストに迎えた動画が話題になる。現在、ゲームさんぽを世に広めるために迷走中。自分でもゲームさんぽやってみたくなった方はホームページの「HOWtoSTART」から。教育研究者としての顔も持つ。

片野晃輔さん/ワイルド・サイエンティスト(生物学・生態学研究者)
中学時代、母親の乳がんがきっかけで分子生物学に関心を持ち、DNAメチル化やIgE抗体を独学で学び、高校時代には企業や大学のラボを利用し個人で研究していた。高校卒業後、MITメディアラボ研究員に。同研究所のSynthetic Neurobiologyグループで組織内でのゲノムシーケンス手法開発に携わる。現在はフリーランスとして同研究所のCommunity BiotechnologyグループとSony CSLのSynecocultureグループで、低コストかつ世界中どこでも自作し使用可能な実験機器、手法の開発や、生物学研究の民主化の研究を行っている。


見る人自身の気づきを主軸に言語化していくという対話型の美術鑑賞方法をゲームでも!?

——お二人はそれぞれ、「ゲームさんぽ主宰のYouTube実況者」と「ワイルド・サイエンティスト」という、ちょっと耳慣れない肩書きを名乗っていらっしゃるので、まずはその具体的な活動のことから教えていただこうかと思います。なむさんはゲームさんぽという活動をされていますが、これはいろいろなゲームをプレイしながら、専門家と一緒に実況しようというものですよね。

なむ そうです。ゲームの中って、建築だったり自然の生き物だったり、いろいろなオブジェクトがあるわけです。そういうものを、弁護士や医師や気象予報士や科学者などの専門家と一緒にああだこうだとおしゃべりしていく。そうすると、いろいろな専門的な視点からの発見があるので、それをYouTubeで実況しています。

——たとえば、ゲームの中で降る雨を気象予報士の方が「こういう降り方は、積乱雲が急に発達したことによる『にわか雨』ですね」と解説する、とか。

なむ そうそう! 「この人にはこのゲームの世界がこんなふうに見えてるのか!」という驚きや発見があるんです。

——なむさんは、実は美術館の学芸員のお仕事もされているということですが、そのお仕事と「ゲームさんぽ」の活動はリンクしているのですか?

なむ 美術館では、教育普及っていう仕事を担当しています。「難解」「高尚」とされているアートを、誰でも楽しめるように「翻訳」していくような仕事です。「簡単」にするということとは違って、「本質」を取り出して「共有」していくんです。ギャラリーツアーでいろんな人とおしゃべりしながら作品を見たり、ワークショップのような体験学習に落とし込んだりとか。実際、鑑賞教育の手法で「ビジュアル・シンキング・カリキュラム」というのもがあります。美術鑑賞を見る人自身の気づきとか発見を主軸に言語化していくという対話型の鑑賞方法です。美術館でのそういう経験や体験を元に、ゲームとYouTube配信に落とし込んでみたというのが「ゲームさんぽ」なんです。

——なるほど! そういう「自分なりの視点で発見して楽しむ」という点でゲームさんぽと美術鑑賞がつながるわけですね。ところで、ゲームはやっぱり小さい頃から好きだったんですか?

なむ もうね、こちらの片野君もそうだと思いますが、こどもの頃から大好きで、いわゆるゲーム少年でした。大事なことはゲームに全部教えてもらった、と言っても過言ではないくらい!

なむさんが主宰する「ゲームさんぽ」。いろいろなゲームを様々な分野の専門家と一緒に実況していく。こちらは「バイオテクノロジーの人といくFallout4 2話

さまざまな表現方法を使って、それぞれ違う形であっても共感できるようにしたい

——その「ゲームの魅力」というのはなんでしょうか? もう一人のゲーム少年である片野さんいかがですか?

片野 僕の場合は、最初はクリアできる喜び、楽しさというところだったんですが、だんだんと、ゲームの中に「日常では触れられない体験」があることに気づいて。たとえば異国をテーマにしたゲームやファンタジーのゲームをプレイしていると、非日常を体験できて、すごく感動するんです。もともと映画がすごい好きで、そこにそういう感動を求めていたんですけど、同じようなものがゲームにもあるんですよね。

なむ 現実世界と似せた環境が構成されていながら、かつ日常では物理的にできないようなこともできちゃうわけです。100メートルジャンプできたりとか、鳥の視点でものを見たりとか。いわば、トライアル&エラーをする場所としてめちゃめちゃ優れた場所なんです、ゲームって。学びが起きないはずがない。もちろんリアルでもいろいろなことを学ぶんだけれど、それを補完するような形でゲームから学んだことって本当に多いと思います。

片野 僕はまさに今の自分の原点というか、小島秀夫さん*が作るゲームからは絶大な影響を受けています。どんなことかというと、表現に対する姿勢、人への伝え方や体験を作る方法には、本当にいろいろなやり方があるんだということ。自分だけが分かればいいのではなくて、みんなが楽しめるように、それぞれ違う形であっても、共感できるようにしたいということを考えるようになったのは、小島秀夫さんの影響かなと思いますね。

——そんな片野さんは今、「ワイルド・サイエンティスト」、フリーランスの生物学・生態学研究者として、従来の科学者のイメージとは異なる活動の仕方をしていらっしゃいますが、フリーランスで研究をするようになったきっかけってなんだったんですか?

片野 フリーランスであるということに特別こだわっているわけではないんですが、研究を通じて伝えるということを、論文や学会の発表以外の方法でやりたいと考えるようになって。アカデミックな発表形式というものにこだわっていた時期も、もちろんあるんです。でも研究していく中で、もっと多くの人に知ってほしいとか、人の行動に影響を与えたいという思いを抱いたときに、相手が一番理解しやすい方法で——たとえば専門分野にまったく関わりのない人には専門用語をなるべく使わない文章にまとめたり、あるいはイラストとか別のメディアを使ったりとか、こども相手だったらワークショップでステップバイステップで理解していくような方法だったりとかで——「伝えたい」ということを考えるようになったんですね。

片野さんも主催メンバーのひとりとして参加したワークショップ「細胞グ。〜あなたの体はあなたのもの、なのか?〜」(2018年3月17日)の様子。有精卵を使った細胞培養の体験を起点に、細胞培養が解決することや新しい産業の可能性、またそれらは許される未来なのかといった多岐にわたる議論を行い、思考を熟成させた。

間違いなしに新しいものは生まれない!? 世界を人と違う自分の見方で見てみよう

——なむさんも片野さんもそれぞれ「アート」「生物学」ということなる専門領域での活動でありながら、とっても「伝える」ということを大切にしていらっしゃる。自分が気がついたことを誰かに伝えることって、なぜ重要なのでしょうか?

なむ 今の社会において「発見」の感覚ってすっかり刈り取られてしまった感覚なんですよ。学校で知識を詰め込んだり正解を求めたりする教育のなかでは、失敗をしながら前に進む面白さとか、学びの一番最初のプロセスである発見の喜びを味わえない。そういう学びの一番大事なところを、どうやって回復できるかっていうことを考えてるんです。そこでゲームさんぽです。ゲームさんぽに登場する専門家の視点は、普通の人とはちょっと異なるんです。何かを追究している人の目線でゲームの世界を切り取ることで、自分が見えなかったものが見えてくる。そうやって、発見の喜びを得ることができる。他者の視点を知るっていうことが学びのきっかけとして一番イージーなんです。

片野 僕は、もともとは「科学ってこんなに面白いから知ってほしい」というのがモチベーションだったんです。でもそれってエンタメというか趣味の領域なんじゃないかっていうことに気づいて。そうではなく、何か発見をしたり観察して気づいたり、そこから自分で考えたりっていうことって、生き物としてはエッセンシャルな能力、根本的に生きるために必要なスキルなんだと思うんです。

人間ではなく他の生き物を見ると、環境変化を察知して行動を変えるとか賢く動いていて、ちゃんとそういう能力がワークしているのが分かるんですが、人間はその本来持っているはずの能力がどんどん失われてしまっていると思います。

なむさんが「回復」っていう言葉を使いましたが、僕もまさにretrieving=取り戻すという表現をよく使っていて、そもそも備わっている能力をもっともっと自分の中に取り戻したり、その能力に自分で気付いたりすることが重要なんじゃないかと。そういう手助けをできたらいいなというのが、「伝える」モチベーションとして感じているところです。

——キヅキランドは、「動画の中に気づいたことをそのまま自由に書きこむ」という仕組みを使って、こどもたちに「自分の中に生まれた疑問や発見を発信する」という場になることを目指しています。キヅキランドはお二人が考える「回復」や「取り戻す」きっかけの場にもなり得るでしょうか?

なむ キヅキランドのお話を伺ってベータ版を見たとき、自分の考えていたこと、取り組んできたことを新しくこういう形でやっている人たちがいるのか、と「おもしろい! くやしい!」と思いました(笑)。書きこみをシェアすることで視点の共有ができたり、体験する時間や場所が自由であるというWEBサイトならではの特性があって、コミュニケーションの可能性がぐんと広がると思います。

片野 普段ワークショップをやると、明示的な誘導が多かったりアンケートを渡されたりして「気づいたこと書かなきゃ帰れない」みたいな雰囲気がどうしてもあるんですけど、キヅキランドにはそういう誘導がなくて、こどもが目の前の動画の現象を見ていて思わずこぼれ出ちゃうものを拾ってあげる感じなのがいいなと思いましたね。何気ない思いつき、発見の種みたいなものをそのままうまく記述させてあげられる可能性を感じました。

——お二人には一緒にワークショップのキヅキセンパイとして、こどもたちの書きこみを実況いただくわけですが、その「こどもたちの何気ないキヅキ」を誘う作戦はありますか?

なむ ゲームさんぽでもそうなんですけど、やっぱり雑談ってめちゃくちゃ大事で、雑談のなかから見えてくることってあるんですね。なので、みなさんが書いている間に片野くんといろいろ雑談をしようかな、と。
あと僕、よく「誤読の連鎖」って言うんですけど、人はロボットと違って正確じゃないんで、見たものをそれぞれ違う解釈してアウトプットするんです。そういう人を介した「誤読」が連鎖していくのは面白いと思う。片野君はどんなボールでも打ち返せるんで(笑)、そういうところを二人でふくらませていけたらいいですね。

片野 誤読から会話を生むのめちゃくちゃ得意なんで、もうどんどん自由にキヅキを書きこんでもらえれば、どんなものが来ても実況してふくらませますよ! 意外とそこからいろんなキヅキの連鎖が生まれるかもしれないです。

なむ もはや、そういう「間違い」なしに新しいものは生まれないと思っていて。間違える人って、要は世界ちょっと違うふうに見てるわけですから。こどもたちのそういう自由な感性で書かれるキヅキをお待ちしています!

*小島秀夫さん:ゲームデザイナー。大学卒業後コナミに就職。1987年にMSXで「メタルギア」をリリース。シリーズは続き、1998年にはプレイステーションで「メタルギアソリッド」が発売。米「Fotune」誌で「20世紀最高のシナリオ」と評されたストーリー展開の巧みさで、世界的大ヒットを記録。2015年末に独立し、コジマプロダクションを設立。大の映画好きとしても知られている。

(インタビュー収録:2021年7月27日)


なむさんと片野さんのおはなし、いかがでしたか? このお二人が登場したワークショップの様子は、次回の「キヅキランド通信」でお届けします(3月23日公開予定)。お読みのがしないよう、ぜひこのnoteをフォローしてください。
それではまた!


Illustration: Haruka Aramaki


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