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パーパスもウェルビーイングも、最終的にはアカウンティングの問題になるのではないか

ここ最近、時代の変化とともに、多くの組織から「パーパスやウェルビーイングを大切にした経営をしていきたい」と言った相談を受けるようになりました。

こうやって相談がやってくる以上、支援する側としては、どうやったらそれが実現できるのだろうかと国内外から過去の取り組みや最新の実践例、ベストプラクティスを調べていかないと仕事になりません。

そして、それをベースにどうクライアント向けにソリューションとして調整すると良いのかを考えを、深めていく必要があります。

パーパスで言えば、多くの組織はパーパス経営へのシフトを目指し、社内外でそれはもう長い時間話し合った末に、社会的に意義のあるパーパスが定められ、それを掲げて経営活動に取り組むことになります。

たとえば、有名なところで言うと、以下のようなものが挙げられます。

パタゴニア 「パタゴニアは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」

https://www.patagonia.jp/activism/

ソニー 「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」

https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/purpose_and_values/

パタゴニアにしても、ソニーにしても、パーパスを掲げて、経営活動に取り組むことで、大きな成果が出ているという記事を目にします。

これらの企業に影響を受けて、日本でも多くの企業がパーパスを策定し、浸透しようと取り組んでいます。

たしかにどの企業のパーパスを見ても、とても良いことが書いてあったりします。世の中が本当に本当にそうなったらいいなと思うわけです。

が、掲げるのはできても、それを実現するのは簡単ではありません。

特に難しいのは、上場企業の場合、社会的な価値だけを生み出していれば許されるわけではないというところでしょう。

パーパスの実現と同時に、というか、それ以上に、求められるのは経済的な価値だったりします。

たとえば、経済的な価値を生み出していくことができずにいるとどうなるでしょうか。

世の中的にはとても良いことをしているのだけれど、毎月、毎期、毎年赤字続きであったら、当然、社員に給料を払い続けることができませんし、また関連会社にも大きな影響を与えます。

顧客や株主からの信頼を失い、経営層は交代を命じられるでしょう。事業を続けていくことはできなくなります。

SDGs、ESGが当たり前となった時代に起こること


また、近年、SDGsやESGと言ったように、これまであまり重要視してこなかった要素が企業経営に求められてくるようになりました。

たとえば、従業員の心と体の状態、女性社員の活躍状況や、社内の多様性の状態などの人権的な要素に、環境やサプライチェーンの健全性など、持続可能性が問われるようになりました。

個人的には、これそのものはとても良いことだと思いますが、企業を経営する側から見るとまた話は変わってきます。

大半の組織では、これまでの経営活動においては、それらのものはさほど重視せず、そこまで多くのリソースを割かずに、短期の経済的な価値に集中的に投入してきていました。

その中で挙げてきた成果、経済的な価値の水準だったわけですから、そこにプラスアルファの要素を盛り込んで経営活動をしようと、時間やお金、労働力が追加で分配されていく分だけ、経済的な価値が落ちていくなるのはある意味、必然と言えます。

この中で、経済的な価値の水準を落とさずに、社会的な価値を生み出す必要があるわけですから、それはかなり難解なチャレンジです。

仮に、外部環境がこれまでと全く変わらなかったとしてもそうなっていく中で。

今の日本が置かれている環境は、ただでさえ、成熟社会になってきたことで需要の減少傾向にありながら、円安によるインフレに加えて、社会保険料も上がり続けることから、現役世代の可処分所得が減ってきています。これにより、消費をしようにも難しくなってきているというのが実態でしょう。

また、人口減少による労働力不足により、人を確保するのも難しく、経営的には多くの組織に逆風が吹いています。


このような前提の中で、経済的な成果を落とさずに、同時にパーパスを軸に社会的な価値も生み出していくというのは、普通に考えて、とんでもなく難しいことだなと思います。


直前、パーパス経営やESG経営について書きましたが、ウェルビーイングについても同様です。

これまではさほど社員の労働環境、働きがいや働きやすさを重視せずに、進めていた経営スタイルから、従業員が働きやすく、また働きがいを感じられるような環境を整えていくためには、当然、時間や認知力などの追加のリソースの投入が必要になってきます。

幸い、社員のウェルビーイングが実現されると業績が上がるという相関はアメリカではエビデンスとしてすでに見つかっていて、日本でも一部見えているとのことですが。(この動画、本当に良いのでぜひ見てください。)


だからといって、そちらにシフトするにも時間がかかってきます。

その間をどうように過ごしていくのかという問いが出てきますし、これまで組織内で行ってきた取り組みや文化、制度をシフトするというのは、そう簡単にできるものでもありません。

ウェルビーイング経営も、個人的には、そして一人の地球市民から見た時には、それはもう素晴らしいことだなと思いますが、これをやりながら成果のレベルを落とさずに、同時に新たな価値を生み出さないといけない管理職や経営層の側から見ると、これまたとても難しいチャレンジだなと思います。

もしかしたら上記の問題を解決しうるかもしれないアイデア


そんな中であれこれ調べていった結果、もしかしたらこの方法であれば解決できるかもしれないと見つけたのが「インパクト加重会計」という仕組みです。

近年、主にハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の「インパクト加重会計プロジェクト」 や、オランダのインパクトエコノミー財団によって「インパクト加重会計」(Impact-weighted accounts:IWA)に関する方法論の研究や開発が進められており、市場関係者の間での注目が 徐々に高まっている。インパクト加重会計においては、企業の様々なインパクト(地球環境や 様々な人々に対する影響)を物量単位で測定するのみならず、それを貨幣単位に換算すること によって、伝統的な損益計算書や貸借対照表に算入することが志向されている。

https://www.fsa.go.jp/frtc/seika/discussion/2023/DP2023-1.pdf


詳しくはリンク先の金融庁の資料を読んでいただければと思いますが、2019年にハーバードビジネススクールにおいて、インパクト加重会計プロジェクトが立ち上げられ、近年、研究が進んでいる領域だとのことです。

これを読んだ瞬間、これこそが私が直面している課題を解決しうるのものだと思いました。

これであれば、新たに作り出した人に対する価値も環境に対する価値も、経済的価値としてカウントできるようになるのであれば、前に進んでいきそうな気がします。パーパス経営においても、ウェルビーイング経営においても、人的資本経営においても、これがあるかないかで全然見えてくる景色は違いそうです。

早速、ここ数日、いろいろと情報を調べていく中で、素晴らしい二人の日本人の研究者の方を見つけたので、ぜひここでお二人とその活動を簡単に紹介できたらと思っています。

柳良平さん

一人目が日本の製薬会社、エーザイで長年CFOとして活躍し、今は柳モデルの発案者として、ハーバードビジネススクールなどでもその価値を認知されている柳良平さんです。

柳さんの話についてはここからみることができますので、ぜひ見てみてもらえたらと思います。

詳しくは、上記の動画で語られていますが、非財務資本を経済的な価値へと換算するための計算式を考え、発表し、世界から一定の評価を受けています。

柳さんの話で面白いなと思ったのが、スクショした資料にあるように、エーザイの過去のデータを調べ、重回帰分析を行っていった結果、人件費投入を1割増やすと、5年後にはPBRが13.8%向上している、女性管理職の比率が1割改善されると7年後のPBRが2.4%向上するなどと、人への投資への成果を数値化し、それを課題意識レポート(統合報告書)に載せ、株主からの一定の評価を集めることに成功したという点です。

上記のように、そのアプローチをエーザイ以外の日本の企業でも行うとどうなるのかということについてもすでに調べてられていて。

公開されている情報をもとに調べていった結果、どこの組織においても、5〜6年後には正の相関が出ているということを発見しています。

ただ、TOPIX 100(TOPIXを構成する銘柄のうち、流動性と時価総額の高い100銘柄を算出対象として選定した株価指数)だとポジティブに働くものの、TOPIX500まで広げると、初めてすぐの頃はネガティブに働くこともみて取れているということでした。

ここから今の所言えそうなのは、6年以上のスパンで見ればポジティブに働く確率が高そうだが、それ以下の期間で調べると、ネガティブに働く時期を通る可能性があるため、それを覚悟した上で実施する必要があるということでしょう。

スズキトモさん

もう一人の研究者が、スズキトモさんです。同じく、こちらの動画から彼の話を聞くことができます。

(見ていただければわかるように、先日、惜しくも亡くなられた山崎元さんがとても元気に映っておられます。もうこの対談が聞けないんだなと思うと、寂しさが込み上げてきます)


スズキトモさん、今は早稲田大学で教鞭を取られているということですが、もともとはイギリスのオックスフォード大学でアカウンティングを教えていたそうです。なんでも、会計の授業にも関わらず、授業が終わるとスタンディングオベーションが起こっていたのだとか。

そんな話を耳にし、一体、どんな話をされているんだろうと気になり、さっそくこちらをポチって読んでみました。


案の定というか、それがもうめちゃくちゃ面白かったです。。。
個人的には、近年読んだ本の中で最高レベルの1つでしょうか。

柳さんの話もそうですが、会計の本なのに、人類や地球に対する愛に感動するものがあります。


この本からまたいくつか紹介します。

スズキトモさん、インド政府の会計のアドバイスをしていた際に、決算書にCSRについての費用を1行開示しないといけないという制度を作ったのだそうです。

これにより、経済発展著しいインドにおいて、短期の経済的な価値だけを思い求めるが故に、人権や環境への配慮を無視するという、過去、多くの先進国で起こったルートを後追いしないようにと、方向づけ(ナッジ)を仕込んだのだそう。

決算書の一覧に、CSR費用として金額が載っている会社は、なんらかの社会的な活動にお金をかけていることがわかるという制度です。

その分、利益は減っているわけですが、持続可能な成長に向けて活動を行っていることが判断がつくということで、株主からの信頼を得やすくなったのだそうです。

決算書に1行足すだけで社会を動かすなんて、なんと素晴らしい発明でしょうか!

スズキトモさん、今は、今後の日本が進むべき道筋を示すため、政治家や上場企業へのアドバイスをされているとのこと。

せっかくなので、先ほどの著書から、特に重要だなと感じた点を引用してみます。

従来の財務会計においては「会社は株主のもの」という解釈の下に、「株主に帰属する付加価値」である「当期純利益」を最大化することが使命とされてきた。

かつて「カネ」が希少で、その出し手としての投資家・株主が最も大切であった時代にそうしたアカウンティングが社会的に有効に機能していたことは理解できる。

しかし、時代が変遷し、資金提供者よりも、士気高く、やりがいを感じながら、新しいアイディアやイノベーション、新規顧客を開拓する「ヒト」が大切となった今こそ、従来の損益計算書を超える財務諸表の開発を進める時である。  

これが本書の意図する「新しい資本主義のアカウンティング」である。図表2・12の「新たな資本主義を創る議員連盟」設立趣旨にあるとおり、新しい資本主義とは、市民のウェルビーイングや、将来の安定、夢の実現を担う、日々働く人々を大切な資本と捉える「人財資本主義」であり「全員参加資本主義」である。

新しい資本主義のアカウンティングとは、狭義には、こうした資本主義を推進するために考案されている新しい財務諸表を意味する。この財務諸表は、「利益」でも「現金」でもなく、企業の生み出す「付加価値」を誰にどれくらい分配すべきか、あるいは分配することが可能かを明示する。そうすることで、役員や従業員の行動変容を引き起こすナッジとしての役割が期待されている。

スズキトモ. 「新しい資本主義」のアカウンティング―「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア (p.172). 株式会社中央経済社..


いや、もう本当に素晴らしくないですか。

このコンセプトを中心に、実際に企業の中でどのように分配してくことがこれからの資本主義において、本当に必要な価値を生み出すことにつながっていくのかを説明してくれています。

また、この本が素晴らしいのは、データをふんだんに使いながら、過去この手の施策を行った際にどういった結果が生まれたのかという点についていろいろと紹介してくれているところです。

ここでは、ユニリーバでの事例を紹介してくれています。このケース、欧米のビジネススクールでは、ステークホルダー資本主義の経営モデルとして周知されているそうなんですが、恥ずかしながら私は知りませんでした。。。

では実際にそのような制度設計で成功した企業経営の例は存在するのか。日本ではこうした例はあまり知られていないが、欧州ではユニリーバがそうした経営を進め、従業員の士気の向上に伴い業績の改善が見られ、これを好感した投資家も同社の株を買い増し、株価が順調に上昇した例として知られている。

スズキトモ. 「新しい資本主義」のアカウンティング―「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア (p.255). 株式会社中央経済社.


また、仮に、今の会社で、スズキトモさんが提唱する新しいアカウンティング手法である「付加価値分配計算書 DS:Distribution Statement」を用いて、日本の企業で会計を行うと、どういった成果が出てくるのかというシミュレーション結果を示してくれていたり。

実際にDSにシフトしていこうとした際に生まれてくるリスクや抵抗とどう関わっていくと良いのかという具体案についても触れてくれているところが本当に素晴らしいなと思います。

残念ながらキンドルで、もう所定のコピーの量を超えてしまったそうで、これ以上の引用ができないのですが、ぜひぜひ本書をとって読んでみてもらえたらと思います。

私も、まだ一度目を通しただけではわからないことだらけなので、熟読したいと思います。


インパクト加重会計が生み出しうるもの


日本社会においては古くから「三方よし」や「六方よし」という考え方があったものの、これまでの資本主義の会計システムの中では、どうしても優先順位の問題でそれをやり続けるのが難しかったわけですが。

たしかにこのような方法を活用すれば、今の資本主義の仕組みの上で、六方よしが体現できるかもしれないなということを感じました。

また、先ほどの、柳さんの話でもありましたが、投資家がどういった投資先を求めているかというデータを見ていくと、すべての投資家が短期の利益だけを追い求めているわけではないうことがわかります。

https://www.youtube.com/watch?v=-6_F8xiH1ys

中長期の、持続可能な社会的な価値も含めて判断し、投資先を探している投資家も少なくないということなので、まずは、投資家の入れ替わりから目指していくのだろうなということを思いました。

そして、最近、聞かせてもらっているデンマーク社会がなぜ経済成長だけを目指さずに、社会的な価値を大切に社会を進めていられるのかというのもここのデータから、少しだけわかった気がしました。

それは(日本と比べるとそこまで大きな経済ではないというのもポイントなのかもしれませんが)企業がステークホルダーとの適切に対話を進めることで、得られている消費者の質、投資家の質が違うのが何よりも大きいのだろうなということです。

こうやって世界で評価されているレベルの研究者の話を無料で、母国語で聞けるというのは、本当に素晴らしいことだなと思います。

他にもまだまだこの領域で世界を牽引する日本人の研究者がいるのかもしれませんが、今回は、まず目に入ってきたお二人を紹介させてもらいました。

この領域で、こういった人材が輩出されてくるのは、間違いなく日本が世界でもいち早く課題先進国と呼ばれるような状態に突入したからではないかと思います。

私も、そんな国で奮闘する人材・組織開発の実践者として、これからさらに実践を重ね、深めていけたらと思いました。

いやー、人間の知恵というのは素晴らしいですね。

このテーマ、一人で学ぶよりもみんなで学んだ方が良いと思うので、興味があるかたはぜひ一緒に学んでいきましょう。コメントやメッセージなどいただけると嬉しいです。

ということで、今日も素晴らしい学びの機会をどうもありがとうございました。


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