マガジンのカバー画像

桜区一家無惨帳

39
一体何をどうしようというのか。
運営しているクリエイター

2019年10月の記事一覧

アルフォンス・ミュシャ:死季

アルフォンス・ミュシャ:死季

 これがミュシャか――暗殺者はそう思った。ひび割れたような肌の深い皺に、柳の枝を思わせる長い髭。藤椅子に浅く腰掛け、現世を忘れたかのごとく微睡んでいた。初代ボヘミア皇帝にして最強の魔術師、アルフォンス・ミュシャは当年とって79歳になる。

 燭台が照らす暗い広間の隅で、殺し屋は肩透かしを食ったような気分で短刀を手に取った。そしてその瞬間、自分が死地の只中にあることを知った。

「解れよ」呆けたよう

もっとみる
方舟と根絶やしザメ

方舟と根絶やしザメ

 ギルガメシュとエンキドゥはそれはそれは広い船の甲板を歩いていた。周りには陸地さながらに石造りの小屋が並んでいるが、これは神命を受けて作られた方舟がひとりでに増築を続けているためである。出航した始めの日には大通りが、二日目には上水路が、三日目には下水道が整えられた。事態が変化を見せたのはそれからだ。

「それで」ギルガメシュが言った。「アンフィスバエナはどうなった」

「殺られタ」エンキドゥが答え

もっとみる
地上で最後の

地上で最後の

 火星人の地球侵略は失敗に終わった。アカグサレ病が奴らの命脈を絶った。アカグサレ病は地球の海苔がかかる病気だが、免疫のない火星人にとって死病と化した。ざまあみやがれってんだ。

 見上げた空を燃え盛る飛行空母が墜落していく。大方乗員が死に絶えて制御を失ったのだろう。 機体は黒煙のシュプールを描いて荒野の上を横切り、遥か遠くで地面にぶつかって物凄い土煙を上げた。俺はそちらに向けて拳を振り上げてやった

もっとみる
死の翼ふれるべし

死の翼ふれるべし

 立ち並ぶ煙突が薄暗い煙を吐いていた。

 煙は一団となって宙を流れる。その一部は空に薄く広がって月を隠し、一部は寝静まった家並みの屋根の上に垂れ落ちる。工場地帯の西には名だたる探偵たちが葬られたピラミッド群の天を衝く威容があり、煙はその中腹に当たって二筋に分かれる。煙から突き出た先端部だけが月光を浴びて輝いている。

 ピラミッドのふもとは、一帯が背の高い生け垣で仕切られた迷路じみた庭園になって

もっとみる
地龍VS事故物件

地龍VS事故物件

 結局のところ、誰も地龍には敵わない。歴史がそれを証明している。

 ある日突如として現れた怪物を前に現代兵器は軒並み歯が立たず、ついにこの国は巨獣に首都を明け渡すに至った。今日では地龍と呼ばれるこの個体は、ビルをなぎ倒して作ったねぐらに悠々と身をうずめている。吠え声は大地を揺るがし、戯れに尾で撒き上げた土くれが砂塵となって人々の疎開先に降り注ぐ。地龍はまさにこの世の王だった。

 今廃墟と化した

もっとみる