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【ショートストーリー】三条大橋の男



「お母さんおおきに。行ってきます」

兎の結は、タクシーにのって、街から少し遠い料理屋のお座敷へ向かった。 

料理屋につくと、すでに地方の姉さんがたがついていて、一番下っ端の卯の結(うのゆう)は慌てて挨拶をした。


どうやら今日は、舞妓は卯の結一人だけらしい。

お座敷はいつもどおり進んでいき、5、6人の客も、芸妓の姉さんも酔いが回ってきたころ、卯の結は、自身に向けらている熱い視線に気がついた。

「お兄さん、どうどすか。」 


視線の主の隣に座りつつ、徳利を目の前に差し出すと、男は少し照れくさそうに御猪口を差し出した。

「君、名前は」 
「卯の結どす。お頼申します」  

千社札を差し出すと、男はそれをじっと見つめ、卯の結ちゃんかとつぶやいた。それはまるで、ラブレターを始めてもらった学生のように、嬉しそうだったので、兎の結は可愛いなと思った。

しばらく話していると、男の目は更に熱を帯びていった。
兎の結は、17歳という若さだが、その目が自分に女を感じている目であるとすぐにわかった。

40歳は超えているだろう男に好意を持たれるのは、これが初めてではない。舞妓だからなのか、男の趣味なのかはわからないが、舞妓をしていると、よくあることだった。親子ほどの年の差の女に、色を感じれるなんてと、関心すらする。

しかし、この男は卯の結の体が欲しいとか、欲望を満たしたいだとか、舞妓を手篭めにしたステイタスが欲しいとか、そういうものは一切なく、純粋に好意を寄せているようだった。

「携帯の番号を教えてくれないか。君の邪魔になるようなことはしないから」

お座敷に出ていると、毎回問われる言葉。そして、卯の結はいつも通りの言葉を返す。

「すんまへん。携帯はもってしまへん。うちら舞妓は奉公の身どすさかい……すんまへん」

「またまた……うそだろう? この時代に携帯をもっていないなんてあるのか? 」

うまくかわされたとでもおもっているのだろうけれど、事実だ。

「残念どすけど、本当なんどすねん。舞妓はまだ子供やので、お母さん達が守ってくれたはるんどす。携帯なんかもってしもたら、家に帰りたなるし、なんやトラブル起こしてしもたりしますやろ」

「そうか……いや、疑ってすまなかったね」

男は申し訳無さそうにして、ほとんど空の御猪口に口をつけた。

「そうだ! 手紙を書こう。それならいいだろう? 」
「へぇ。おおきに。お手紙やったら、受け取っても怒られしまへん」

男は、卯の結の手を握りしめて言った。少し痛かったが、男が必死になっているのがなんだか面白くて、手を解けずに微笑み、うなずく。

「宛先は。どうしたら届く? 」

「ほな、うちの屋形か、今日の宴会を頼まれたお茶屋さんに届けとくれやす。京都は狭いのんで、街の名前と、うちの名前を書いただけで届きます」

すると、男は卯の結の手を握りしめていた力を弱め、先程までキラキラと輝かせていた表情が曇っていった。

「お兄さん? どないしはったん? 」

心配になって顔を覗き込む。

「いや……俺、この中では下っ端で。今日はうちの取引先の社長がセッティングしたんだ。だから、俺がお茶屋に届けたりすると良くないかなとおもって……」

意気地がないな、とはおもうものの、会社員というものはそういうところも気にしなければいけないのだなと思った。でも、それならばはじめから手紙を書くだなんて言わなければいいのに。

「そうだ……!」

またなにか思いついたのか、男は嬉しそうに声を上げた。
表情がくるくる変わるので、面白い。新しいおもちゃを見つけたような気持ちになる。

「今度は、なんどすのん? 」

笑いながら、お酌をして問う。

「俺、毎週水曜日と金曜日にこっちにくるんだ。だから、水曜日の朝、三条大橋に手紙を貼り付けておくよ。だから、君はお昼頃、それを取りに来てくれないか。そして、毎週金曜日、お座敷に行く前にでも、返事を書いて三条大橋に貼り付けておいてくれないか」

驚いた。手紙が書きたいとか、電話がしたいとか、FAXならどうだとか言う客はいたものの、三条大橋に手紙を貼り付けておくから、そこで文通しようなんて言い出す人は初めてだ。

「あははは! お兄さん、面白いこと考えつかはりますね。 よろしおす、よろしおす」 

思わず声を上げて笑ってしまったので、芸妓の姉さんに睨まれてしまった。

今度は小声で話す。

「せやけど、誰かが持っていかはったり、風に飛ばされたりしたらどないしはるん? 」
「そうならないように紐で縛るさ。それでもだめだったらしょうがない。 縁がなかったと思って、諦めるよ」

出世して、君に会いにくるよ。そのくらい言えないものだろうか。しかし、そんな男を育てるのも、一興なのかもしれないと、生意気ながらに卯の結は思ったのだった。





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