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『BORN TO RUN 走るために生まれた』


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走ることを愛するスポーツライター、クリストファー・マクドゥーガルによって書かれた壮大なドキュメンタリーである本書は、詩的な冒険譚であり、快適なランニングに関する科学書であり、クレイジーなランナーたちの伝記であり、手に汗握るスポーツ小説である。

完全なノンフィクションであるが、登場人物のキャラの濃さと人知を超えた挑戦の数々、筆者の巧みな筆運びが相まって、まるで壮大な物語や神話を読んでいる気分になる。我々が生きているのと同じ世界で起こった出来事とは到底思えない。

人間にとって最も身近なスポーツであるランニングに関する著作であるが、ウルトラトレイルがテーマになっているため、万人受けする内容ではない。しかし、本書の内容は未知の世界であり、我々に新しい扉を開いてくれる。


本書は主に、3つのパートから成り立っている。


第1部は、カバーヨ・ブランコ(白馬)とタラウマラ族との出会い。

著者がカバーヨ・ブランコと呼ばれる人物を探すところから、本書の壮大なストーリーは始まる。
メキシコの奥地のさらに奥、銅峡谷と呼ばれるエリアに住むタラウマラ族は、超長距離走に関して超人的な能力を持っている。
極度のシャイで、通常の人間がたどり着けないような断崖に住んでいる彼らは、オリンピックや国際大会などの表舞台に出ることがほとんどないため、その存在はもはや伝説的なものとなっている。
カバーヨは、そんな幻の民族と交流する数少ない外部の人間であり、彼自身も孤独な放浪者として存在の手がかりが少ない幻の人物であった。
著者はカバーヨとコンタクトをとり、タラウマラ族と出会うために、危険動物や凶悪な麻薬組織が潜むメキシコの山岳地帯に足を踏み入れる。


第2部では、科学的見地でランニングシューズの罪を暴く。

人類学や物理学の研究者からのインタビューをもとに、人間の身体機能と走ることの繋がりを解明する。人間の体は走るようにできているという主張が、第2部の肝になっている。
裸足で走る状態が人間にとっては最も自然なことであるため、有名スポーツブランドのランニングシューズが、人間の足に悪影響を及ぼしていると解明する。
使用するランニングシューズの価格が高い(機能が充実している)ほど、怪我が多いなどの興味深いデータが数多く挙げられている。


第3部は、タラウマラ族 vs 世界最強のウルトラランナーのレース。

これが本書のクライマックスであり、フィクションなのではないかと疑ってしまうほど濃密な物語である。
はじめにも書いたが、登場人物のキャラが濃い。
「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるが、物語ですら登場しないのではないかと思うほどクセのある人物が勢揃いする。
辺境の地を数十キロも走るウルトラトレイルに挑戦する時点でまともな人間ではないのだが、本書に登場するのはそんなウルトラランナーの中でもトップレベルの人たちで、ぶっ飛んでいるのは当たり前なのかもしれない。
断崖の上に住む伝説の部族、トレイルランに生活の全てを捧げる隠遁者、100マイルレースで連勝を重ねるトップランナー、饒舌な裸足主義者、タフすぎるパリピ大学生カップル……。
超人的な能力を持つ彼らが一堂に会し、山岳地帯で開催される50マイル(約80km)レースで激しいバトルを繰り広げる。
これだけで1本の映画が撮れそうな面白さである。



以上、本書の概略である。
いろいろな内容が詰め込まれた重厚な作りになっているが、随所に伝説的な記録を持つトップランナーたちの小咄が挿しこまれていて、楽しく読み進めることができる。

#読書の秋2020

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