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7/2② 続・結婚式

ラダックはザンスカールの小さな集落で開かれた結婚式の2日目、の後半。

13時、小太鼓の音色が聞こえ始め、ダンス部隊と新郎新婦が現れる。

13時半、赤い袈裟に身を包んだチベット仏教の僧侶が現れる。

14時、ご祝儀が集まる。

これがなかなか面白くて、列席者が座ったまま紙幣を差し出す。
すると、回収担当の人たちが紙幣を受け取り、「ジュレー!」と叫ぶ。
「ジュレー」とは、「こんにちは」や「ありがとう」などのいろいろな意味で使えるラダック語の挨拶で、この場合は「ありがとう!」と言っているのだろう。
あちらこちらから「ジュレー!」が飛び交い、壮観なのだった。

15時、謎の口上が読み上げられる。

ラフなセーターを着た男性が、ノートを見ながら、ひたすら何かを読み上げていく。
読み上げるついでに、品物が掲げられたりしたので、「新郎新婦のために、〇〇さんから〇〇をいただきました」みたいなことを言っているのかもしれない。
しかし、これが1時間近く続くのだった。

16時、ご祝儀が集められた時と同じような儀式が行われる。

しかし今回集められたのは紙幣ではなく、スカーフのような白い布である。
参加者が自分のバッグから細長い白い布を差し出す。
担当者によって回収された白い布は、「ジュレー!」の掛け声とともに、新郎新婦の首に次々と巻かれる。

17時、新郎新婦の友人や仲人が踊る。

新郎新婦やその友人、仲人らしき人たちが交代で、独特のゆったりとしたリズムに合わせて踊り子と一緒に踊る。
踊っている最中も、「ジュレー!」が飛び交って、首に白い布が巻かれていく。
メンバーを変えて、このダンスが延々と続いていく。

大量のモモ
幼児の首にかけられていたもの。日本のお守りと似ている。

ダンスを尻目に、ぼくはトゥントゥプの横に腰を下ろして話をした。

実は正直にいうと、パドゥムのゲストハウスで最初にトゥントゥプと話をした時、彼のことを胡散臭いおじさんだと思っていた。
捲し立てるような英語で、ラダックの人らしくなくせっかちに話すからだった。
しかしこの2日間、村の人たちや娘のドルマから話を聞いて、彼がとにかく多忙な人間であることが分かった。

「あなたのビジネスはゲストハウスのオーナーだけじゃないんだね」とトゥントゥプに尋ねると、彼は「そうだ、レストランとゲストハウスのオーナーだけじゃなくて、旅行代理店もやってるし、村の畑も耕しているし、とても忙しいんだ」と答え、「デヘヘヘ」とだらしなく笑った。
娘のドルマとそっくりな笑い声だった。
ドルマの笑い方は父親譲りだったのだ。

トゥントゥプと並んで座っている時、学生らしき若者が彼に挨拶に来る光景が何度か見られた。
現地の言葉だったのでどんな話かは分からなかったが、若者はみな親しげな雰囲気で、最後にハグをして別れるのだった。
昨日から何かとぼくに声をかけてくれた青年も、トゥントゥプのレストランで働いたことがあると言っていたし、トゥントゥプは村外の商売で経済的に成功していながら、村の若者にも何かしらの還元をしているのかもしれない。
彼はもしかすると、村の若者たちのロールモデルなのかもしれない。

19時半、暗くなって来た頃合いでトゥントゥプが「一旦、家に帰ろう」と言う。

大量にチャーンを飲んだとはいえ、アルコール度数が低いので頭は比較的しっかりしている。
しかし体は正直で、ぼくはふらつく足でトゥントゥプの後をついていった。

トゥントゥプの妻と娘は、いつの間にか家に帰っていたようだった。
外は本州の晩秋くらいの寒さである。
暖炉に火が灯された居間はポカポカと暖かかった。
ぼくはここでも、トゥントゥプ家特性のチャーンでもてなされた。

トゥントゥプはいつの間にか眠ってしまった。

家の外は静かで、トゥントゥプの寝息と暖炉にくべられた火が爆ぜる音、テレビに映されたインド映画の音声が控えめに聞こえるのみだ。
幸せを具現したような空間だった。
なんだか満ち足りた気分になって、思わず涙が出てしまう。

インド映画について、ドルマと話をする。
ぼくは、最近公開された話題の南インド映画はだいたい見たとか、ボリウッドだとシャー・ルク・カーンが好きだとかいった話をした。
これはアルコールのせいで記憶が曖昧なのだが、彼女は自分の通っているレーの学校が『3 idiots(きっとうまくいく)』のモデルになったとか、あるいは学校で撮影が行われたとか、そういうことを言っていた。

21時頃トゥントゥプが起きて、一家は再び結婚式に出かけることになった。
ぼくは、明日の朝5時にタクシーの約束をしていたので、寝ることにした。
去り際、トゥントゥプが「明日は朝早いけど、チャイを作るから、飲んでから行きなさい」と言った。
ドルマと顔を合わせるのはこれが最後になると思うので、ぼくは「また来るよ」と言った。
すると彼女は「でへへへ」と、口角を下げてだらしなく笑った。

こうして、短くも濃密だったザンスカールの寒村で最後の夜を迎えた。




↓トゥントゥプが経営するツアー会社のFacebook。

日本人に宣伝しておいて!と言っていたので、ここに貼っておきます。
ラダック全般の旅行を取り扱っているようです。
彼のWhatsAppアカウントを知っているので、興味がある人はぼくにコメントください。

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