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7/1② テスタに到着、オーナーを探す

前回のあらすじ
山奥にひっそりと佇むプクタル・ゴンパで一夜を明かし、滑落必至の山路を戻ってきたぼくは、小さな集落で催される結婚式に出席するため、近くにあるというテスタ(Testa)に向かって歩き始めた。

ぼくは、テスタに向かって続く車道をひたすら歩き続けた。

ゲストハウスのおばさんからは、歩いて行くならショートカットがあると聞いていたのだが、近道の方を覗いてみるとプクタル・ゴンパへの道を彷彿とさせるような断崖絶壁の隘路だったので諦めた。
危険な近道か、安全な遠回りか。
ぼくは後者を選んだ。
車道を歩いていればヒッチハイクができるかもしれない、という思惑もあった。

しかし、ぼくの期待に反して、車は1台も通りかからないのだった。
砂埃が舞う未舗装の一本道を、強烈な日差しを浴びてひたすら歩く。

青空と茶色い岩肌しか見えない道路を1時間ほど歩き、そろそろメンタルがやられそうになったところで、ようやく隣の集落が姿を現した。
人の気配が一切ない静まり返った村で、結婚式が開かれるような雰囲気ではない。
ここはテスタではないのだろう。
村人に話を聞いてみようと、人家の近くまで寄ってみるも、誰も見つからないのだった。

しょうがないので、先を急ぐことにした。
その集落から少し進んだところで、後ろから車がやってくる気配がした。
ぼくはすかさず手をあげて、車を止めた。

ぼくを救ってくれたのは、車でラダックを旅しているというデリー出身の夫婦だった。
車内で、「どこから来たのか?」とか「何の仕事をしているのか?」という話をしていると、車を運転していた夫が「君は、パドゥムの〇〇ゲストハウスに泊まっていただろう」と唐突に言った。「宿泊者名簿に、Japan と Teacherの文字を見たよ。それは君のことだろう」
「そうだ、それはぼくのことだ」とぼくは答えた。

ゲストハウスのオーナーに教えてもらった村に行く途中で、たまたま同じゲストハウスに宿泊していた人の車に乗せてもらう。
奇妙な偶然に驚いていると、道路脇を歩いていた地元住民の一行が、ぼくがしたのと同じような動作で車を止めた。

3人のおばさんと1人のお姉さん、1人の幼児だった。
窓を開けて彼女たちと話をしていた運転手は、ぼくを振り返って言った。
「君と同じだよ。彼女たちもテスタに行くらしい」
もしかすると、彼女たちはさっきぼくが通りかかった村の住人で、結婚式に参加するのかもしれない。

3人が定員の座席に、ぼくを含めて5人の大人と1人の幼児が重なり合うように乗り込む。
にわかに珍道中の様相を呈し始めたが、10分ほど進んだところで車は停まった。

おばさんたちが下車する。
運転手はぼくに言った。
「ここがテスタらしい」
周りには何もない。
ぼくが困惑していると、おばさんの一人が対岸を指差した。
「あれが、テスタよ」

早朝の写真

ぼくは対岸の集落を見て、それから、視線を下に移した。
集落から谷底へ降りる獣道のようなものが見えて、川を渡す粗末な橋が見えた。
まさか、これを越えていくのか……とぼくが恐れ慄いていると、運転手は「彼女たちに追いて行くと良い」と言い残して、去っていった。

ぼくが呆然としている間に、おばさんたちは険しい斜面を降りて行ったようで、いつの間にか橋のたもとにいた。

到底、二足歩行で降りていけるとは思えない急斜面なのである。
ぼくは両足のかかとと手のひらでブレーキをかけながら、お尻で滑り降りた。
右の掌の皮が少し剥けた。

おばさんたちは、ぼくが無様に滑り降りるのを見届けてから、慎重に吊り橋を渡り始めた。
最後にぼくもゆっくり渡ったが、水面までの距離が近いので、思っていたほどの恐ろしさは感じなかった。

そして、最後の急斜面を登り切って、テスタに到着したのだった。

時刻は12時過ぎだった。

テスタに着くと、テントのようなものと忙しそうに行き交う人々の姿が見えた。
いかにも、結婚式が執り行われていそうな雰囲気なのだった。

ぼくはとりあえずおばあさんたちに追いて行って、テントの中に入った。
外国人のみならず、部外者すら滅多に来ないような集落である。
控えめながらも、「こいつは誰だ?」という視線をひしひしと感じる。
この結婚式に招待してくれたゲストハウスのオーナーを探したが、彼の姿は見当たらない。

仕方がないので、そこら中の人に手当たり次第、「パドゥムのゲストハウスでオーナーをしている男の人を探しているんだ。彼が今日の結婚式のことを教えてくれて、ぼくはここに来たんだ」と説明するも、誰もよく分からないのだった。

すると、周りの人を取り仕切っていた大沢たかお似のお兄さんが「まあ、とりあえずあそこのテントに座って、お昼ご飯でも食べなよ」と言ってくれた。
腹が減っては戦ができぬということで、ひとまずテントの中に座って、ラダック特有の固焼きパンと豆カレーとチャイをいただいた。
食べ終わると、じょうろを持ったおばさんがやって来て、「チャーンはいかが」と言う。

ラダックのどぶろく、チャーン

ラダック酒を飲んで今後の展開を考えていると、妙案を思いついた。
パドゥムからプルニに向かう途中、即席の酒宴が開かれた。
その時、ゲストハウスのオーナーが写った写真を撮影した覚えがある。

ぼくはその写真を探し出して、隣に座っていたお姉さんに見せた。
「この人を探しているんだけど、知ってる?」
あいにく、オーナーの横顔が写っている写真しか持っていなかった。

お姉さんは周りの人にも確認してくれたが、「うーん、これじゃあ、分からないわね。彼の名前は何て言うの?」と質問される。
彼の名前を聞いた覚えはあるのだが、あっさり忘れてしまっていた。
手がかりはほとんどないのだ。

ふと、大沢たかお似のお兄さんなら分かるかもしれないと思って彼に見せると、あっけなく彼は言った。「あぁ、彼なら知っているよ。トゥントゥプだろ」
トゥントゥプ、確かにそんな名前だった気がする。

たかおは続ける。「トゥントゥプの家はここからは見えないけど、すぐ向こう側にあるよ。あそこのストゥーパ(仏塔)を超えたところだ。でも、彼は今は家にいないはず。今晩、村に帰って来ると言っていたな」
「今晩?じゃあ、彼がやってくるまで、ぼくはここで待っているよ」とぼくは言った。
すると彼は、「いや、今晩帰ってくると言っても、夜の11時くらいになるはずだ。家には彼の奥さんがいるはずだから、とりあえず行ってみると良いよ」と説明する。

そういうわけで、ぼくはトゥントゥプの家に歩いていくことにした。

毛長牛のヤク。成体はとても大きいが、子どもはヤギみたいで可愛い。

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