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あなたのために ~いのちを支えるスープ~ / 辰巳芳子 (2002)

たまには

新潟・三条市「SANJO PUBLISHING」という小さな本屋で喫茶担当として仕事をし始めて2ヶ月が経った。

まさか自分で始めるお店が本屋だとは思わなかったが、今回からお店にある本を少しづつご紹介出来たらと思います。まぁ、僕たち「本屋」ではあるのですが、個人的には本についてはまだまだですのでご容赦ください。。笑

今回ご紹介させて頂くのは、料理研究家でありつつも随筆家としても活動されている辰巳芳子(たつみ よしこ)さん著「あなたのためにに ~いのちを支えるスープ」です。

誰でも「たべられる料理」=闘病生活を支えた「スープ」という形

辰巳さんはお母さんも料理研究家として活動されていました。浜子さんというお母さんは「料理研究家」という存在の草分け的存在でした。その母の手伝いをしながら活動していたところ、お父さんが脳血栓の再発により下半身不随に。さらにそれをきっかけに嚥下困難になってしまいます。8年にも及ぶ闘病生活を送る中で、その生活の中でも食べれる/食べたいと思ってもらえるようにと。その人に寄り添うために考えられた料理が「スープ」という形になった。

和から洋まで幅広い知識と日本らしい季節に沿った提案

今回の本に関しては、その「スープ」のレシピではなく料理の基本となるようなレシピや言葉の持つ意味や歴史について丁寧に解説されている。内容も、上品な椀ものから豪快な鍋まで。まさに「食べたくなる」レシピ本である。

鰹や昆布を使った基本的な「出汁」
夏にサッパリと食べれるようにと「ガスパチョ」
和・唐・蘭のミックスをルーツに持つ卓袱料理。その中でも根菜をたっぷりと使った「けんちん汁」
それこそ材料はシンプルだが「ポトフ」、それに添える和の要素も入った「サルサヴェルデ」のレシピまで一緒にある。
いや、本当にそのレシピ一つ一つに愛とでもいうべきか。
食に関するプロとしての魂を感じる。

ただ、僕にとってこの本との。また辰巳芳子さんとの出会いを思い出すと、少し苦い…

料理人としての生活

まだ20代中頃。ようやく飲食業での仕事に慣れ始め、新しい挑戦をと選んだのが都内のクラフトビール専門店だった。当時人気が出始めていたクラフトビール、中でもビールの提供はもちろんだが、料理にも力を入れていたキッチンを任されるようになった。

和食しかやっていなかったばかりか、板場(主に刺身や前菜など)しかやってこなかった自分が、スープを作る事になった時が地獄だった。。ビールを飲む1杯目の前にお客さんに「お通し」として一口目にお出しするものだった。
必死に仕事が終わっては、フレンチや中華などのレシピ本を読んだり、ネットで調べて実際に何回も何回も作った。
仕込んでも仕込んでも、美味しくはならなかった。

「違う」「美味しくない」

それだけしか言われず、新しい料理が出せなかった中で、調べて出てきたのが辰巳さんの話と「玄米のスープ」だった。素材はめちゃくちゃシンプル、でも自分が思う「美味しい」に何かが近かった。そう思った。
実際に作ってみると手間が掛かる。
掛かるというよりは「時間をかけること」「ひと手間加えてあげること」にこそこのレシピの全てが詰まっていた。
恐る恐る店長に出して何とか許可をもらう。お客さんに出して「美味しいね」と言われたあの瞬間にようやく救われた気がした。

と言うよりも、きっと辰巳さんに救われたのだ。
(とは言え、それ以降。他の料理はまたてんでダメだったのだが。)

構成と料理レシピの見やすさ。言葉の心地よさ

今更ながら、こんなに読んでいて心地良いのは何故だろうと改めて読んでみると、料理レシピの見やすい構成/文章としての言葉選びの心地良さがあった。
例えば「大寒汁(ぶりと大根の鍋仕立て)」の序文はこう始まる。

これは能登のぶり(鰤)のいさぎよい顔があまりにも美しく、帰せるものなら海に帰してやりたい、その思いから作ったもの。

小説のように心地良いテンポと、素材の状態やそれに関わる風景が事あるごとに本の所々にふと現れてくる。そこがこの本が単なる料理のレシピ本ではなく、読み物としてもとても楽しい要素なのだと思う。

「今日の夕飯どうしようかなぁ。。」なんてちょっと下がっている気分も、この本を読めば、きっと買い物に行く事すら楽しくなってしまうのではと思う。

「一生読める本」にはきっと見直す度に新しい発見がある。

きっとこのレシピや本で救われたのはきっと僕だけではないだろうけど、改めて読むと色々な箇所に人を思ったり考えたりされているのだなぁと、改めて背筋が伸びる。

そう言えばと、昔のお店でのお客さんだったり、ちょっと会えなくなったり疎遠になったりした友人の顔もふと思い出した。

まだまだ何回でもこの本に救ってもらうだろうし、僕もそうなれるようにと常々背中を叩いてもらえている気がする。


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