社会の形成者としてエンジニアリングの力を使う。お寺生まれのCTOがたどり着いた、人生のルーツと未来のルート。
キッチハイクメンバーへのインタビュー、第18回目は、代表取締役CTOの藤崎祥見さんです。
2017年のCTOインタビューでは、10代で実家のお寺を離れたエピソードが赤裸々に語られていました。しかし、ここ数年で人生観が大きく転換する「自分のルーツと向き合う」出来事があったといいます。
その経験から変わった事業への思い、さらにはこれから必要とされるエンジニア像について聞きました。
この社会の「形成者」として生きるということ
— ご自身の価値観は、具体的にどんな風に変わったのでしょうか?
それに答える前に、一つお話しさせてください。突然ですが「教育基本法」の第1条に何が書かれているかを知っていますか?
— えっ、法律があることは知っていますが、中身まではちょっと……。
中身まで知っている人はそんなに多くないのではと思います。教育基本法の中に、教育の目的について書かれたこんな条文があるんです。
つまり日本の教育は本来、「社会の形成者」を育てるために行われている。 「参加者」でも「構成員」でもなく、教育の目的が「形成者」ということを示しているんです。
でも実際の社会を見わたしてみると、自分たちが未来の社会を形成していくのだと意識している人はとても少ないように思います。もしかしたら、受け身の姿勢で誰かの行動を待っている人の方が多い、と感じる人もいるかもしれません。
— ……確かに、言われてみるとそうかもしれません。
僕自身も東京で暮らしていたときは、自分自身が社会を形成する一員であることを明確には自覚できていませんでした。でもこの考え方に出会い、キッチハイクの事業や旅行などを通じてたくさんの地域を訪れるようになってから、現地のさまざまな課題をより強く肌で感じるようになったんです。
その課題を一つひとつ解決につなげていくために、自分も社会を形成する一員でありたい、さらには形成者として活動する人たちの味方になり、さまざまなかたちで支えていきたいと考えるようになりました。
— 藤崎さんの目には、どんな人が「社会の形成者」として映っているのでしょう?
これまで僕が出会った人たちの中には、たくさんの「形成者」と呼べる人たちがいます。ただ昨年、僕自身の価値観を直接大きく揺さぶってくれたのは、30年ぶりに再会した地元の幼馴染でした。彼女はまぎれもなく、地域の「形成者」だったからです。
30年の時を経て、大きく更新された価値観
— 藤崎さんは昨年、久しぶりに地元である熊本県に帰っているんですよね。
はい。父親が亡くなり、葬儀のために帰省しました。そのとき、20-30年ぶりにお会いした地元の人がたくさんいて。先ほど話した幼馴染も、その中の一人でした。
僕の実家は、地元で長い歴史を持つお寺です。話を聞いてみると彼女は、日常的にうちのお寺に通い、仕事を手伝ってくれていたそうです。そこに地域の人たちが集い、お寺がコミュニティの役割を果たしているのを目の当たりにして、30年ぶりに地域や、実家の稼業に対する考え方が更新されました。
— どんな変化があったのですか?
10代の頃の僕はそう遠くない将来、村の人口が減り、きっとうちのお寺も次第に必要とされなくなるときがくると思っていました。実際に僕自身も、10代で地元を離れてしまいましたし。
でも30年という長い月日が過ぎた今でも、地元に戻ってみると、その場所を必要としてくれる人たちが少なからずいて。決して「この地域にはお寺が必要だから」という合理的な判断をしているわけではなく、「このお寺をこれからも末長く受け継いでいってほしい」と思ってくれているのを感じました。
さらにそうした地域に根ざした活動を、同じ場所で暮らしながら支え続ける社会の「形成者」たる人たちがいる——その価値の大きさ、暮らしに根づいて受け継がれるものの強さを痛感したんです。
今まで僕はマクロな視点でしか地域を捉えておらず、「n=1」のミクロの視点が抜け落ちていたことに気づかされました。
そしてこれから先、人口が減少していく中でさまざまな課題を解決し、こうした地域の活動を維持していくには、社会のステージに上がり、「形成者」として行動できる人の存在がこれまで以上に重要になるはずだと考えるようになりました。
東京から福岡へ。40歳を迎え、改めて自分自身のルーツと向き合う
— 「形成者」であることの大切さに気づいてから、藤崎さん自身の行動はどう変わりましたか?
改めて自分自身のルーツを見直し、向き合うようになりました。これまで僕は人生の選択肢が、地元に残って稼業を継ぐか、継がずに家を出ていくかの二択しかないと思っていたんです。そして一度は、「継がない」選択をしたつもりでした。
エンジニアになり東京で働くことにしたのも、キッチハイクを創業したのも、自分の思うまま自由に生き方や働き方を選択した結果だと思っていました。でも40歳を超えた今になって思いがけず、自分自身のルーツと今まで選択してきたルートが交差したというか。
こうしてゆかりのある地域とのつながりを大事にしながら、時代に合わせた新たな選択を重ねていくこともできるんですよね。
ルーツを大事にすること、自由に選択を重ねること。両方のバランスをとることでアイデンティティがより強固になり、長い人生の中で熱量を継続的に生み出してくれるのではないかと思います。そういう意味では僕はこれまで、自分のルーツを軽視しすぎていたなぁ、と。
— ご自身が東京から福岡に移住し、九州で新たな事業にチャレンジしていることはまさに、ルーツを大事にしながら選択したことの一つでしょうか。
そうかもしれません。移住した当初はそこまで言語化できていませんでしたが、結果的に福岡は地元にも近く、自分のルーツにとても近い場所です。
— コロナ禍の影響もありましたか? 今、Uターン/Iターンを含め、さまざまな地域に移住する人がとても多いですよね。
もちろんそれも一つの要因でした。ただ僕はたとえコロナ禍がなかったとしても、どのみち自分自身のルーツと向き合う時期がきて、将来的に地域に関わる事業に携わっていたような気がするんです。
それは僕が特別だったわけではなく、30-40代にさしかかったときに誰もが通過する道なんじゃないかな。僕の場合はコロナ禍と親の他界が重なり、たまたまそのタイミングが早まっただけで。
— 自分自身のルーツと向き合うことで、どんな強さが得られるのでしょうか。
地域とのもともとの縁やつながりを活かせることもあるだろうし、地域に対する愛着や誇り、こだわりなどから揺らぐことのない熱量が生まれやすいですよね。
一度は地元を離れたものの、別の場所で働きながら「地元の地域に何かしら貢献したい」「いつかは地元に帰って暮らしたい」と考えている人もきっとたくさんいるんと思うんです。
自分の根幹を成すアイデンティティから生まれる熱量は唯一無二であり、長い目でみたときにその人の暮らしや人生を豊かなものにしてくれるはずです。
世界中どこにいても仕事ができる時代に「膝を突き合わせる」ことの意味
— キッチハイクは以前から、九州のみなさんとのプロジェクトに多数取り組んできました。拠点を移したことによる手応えはありましたか?
地域を“応援する”というスタンスではなく、その地で共に暮らし、顔を合わせ、一緒に汗をかいて喜んだり悲しんだりしながら目の前の課題に向き合っていくことでしか、生まれない関係性や成り立たない活動が確かにあると実感しています。
決して、オンラインコミュニケーションが急速に広まったことによって生まれた可能性やメリットを否定したいわけではありませんよ。なんなら僕たちも、全国各地にいるメンバーと日常的にオンラインでやり取りをしていますから。
でもそれ“だけ”に頼っていては、どうしても踏み込めない部分があると思っています。
例えばキッチハイクでは今、天草市のみなさんとプロジェクトをご一緒しているのですが、実は僕の母が天草の出身なんです。子どもの頃に何度も訪れていて、今は僕自身も福岡に住んでいるとわかると、市のみなさんがすごく喜んで歓迎してくれました。
実際に地域でビジネスをしたことがある人ならわかると思いますが、なんのつながりもない地域に「東京の会社からきました」という顔をして入っていくのは想像以上に難しいものです。
中にはそれを、排他的だと感じる人もいるかもしれない。でも地域の人たちの目線に立ってみると、「東京の人が一体何をしにきたの?」というごく自然な感情を抱いているだけなんですよね。僕自身も、もともとは田舎の生まれなのでよくわかります。
でもその人のルーツや現在の暮らしが近い場所にあることで、その地域の人たちと膝を突き合わせたコミュニケーションができ、距離をぐっと縮めやすくなります。
これって、単なる非合理だと思いますか?
世界中どこにいても仕事ができるようになった今の時代だからこそ、僕たちはあえてその価値を追求したい。より地域に根ざした活動ができるスタイルを、これからも引き続き選択していきたいと考えています。
新しい当たり前を生み出し、社会に実装していくことを大切に
— 今キッチハイクは、全国さまざまな地域のみなさんと新たな価値を生み出そうとしています。事業内容は個人向けサービスから変化しましたが、根っこにある思いは変わっていないように思います。
そうですね。この社会の中でまだ誰も目にしたこと、経験したことがない仕組みを社会に実装していきたい、という根本的な考え方は創業当初から変わっていません。誰もやろうとしなかったけれど、「なぜこれが今までなかったんだろう?」と感じるようなことですね。
キッチハイクの最近の事業でいうと、「保育園留学」がまさにそうです。この取り組み最大のポイントは、端的にいうと“三方よし”を実現できたことだと思っています。
ステークホルダーが非常に多いのですが、誰も損をしない構造になっている。新しい仕組みを社会に実装していくとき、それが何より重要なことなんです。
— 利用者の方はもちろん、地域にも、会社にもメリットがあるということですね。
若い頃の僕は、ビジネスで社会を変えていくにはもっと革命的なアクションが必要だと思っていました。でも、それは違いました。
ゼロサムゲームで消耗戦を仕掛けるのではなく、対話を重ね、関わるすべてのステークホルダーにとって、何かしらのメリットや勝ち筋がある状態を目指すことがいちばんの近道なんです。現在、開発に取り組んでいる関係人口特化型SaaS「つながるDX」も、同様の考え方でつくっているものです。
今、地域の人たちはあらゆる社会課題に直面しています。その課題と一緒に向き合い、自分たちが提供できるテクノロジーやソリューションを活用することで、困っている人たちの助けになりたいと思っています。キッチハイクの事業そのものが、これからの社会を形成しようとしている人たちの支援につながっている状態が理想です。
正解のない時代。みんなで知恵を絞り“0.01”を積み重ねていく
— そういえばここまであまり、エンジニアの仕事についてのお話が出ていませんね。
僕の場合は、地域の課題解決のためにできることがたまたまエンジニアリングでした。自分なりに情熱を持って取り組んでいますが、エンジニアリング以外にもできることはたくさんあると思っています。
“宇宙船地球号”とか、“株式会社インターネット”などと表現されることがあります。「エンジニアとして食べていきたい」「キッチハイクに入社したい」というのではなく、「地域に貢献したい」と考えた結果、たまたま提供できるエンジニアリングの技術があって、キッチハイクという会社が仲間を募集していた——僕たちと一緒に働くメンバーは、そういう思考であってほしいなと思います。
— なるほど。それも、これからエンジニアとして働くうえで大事なマインドの一つになりそうです。
今の時代、再現性のある成果や、明確な正解を簡単に得られることが少なくなっています。エンジニアは特にそうですよね。今までは間違ったコードを打つと必ずエラーメッセージが表示され、それを正しく動くように修正していけばよかったかもしれない。
でも仕事の目的が「正しく動くコードを書く」ではなく、「社会課題を解決する」となるとそうはいかなくなります。
さまざまなステークホルダーの人たちとコミュニケーションをとるプロセスの中では、成功・失敗体験ともに再現性は期待できません。エンジニアに限らず、相手の気持ちを想像して対話するホスピタリティが必要です。
スタートアップの中では、0→1(ゼロイチ)という言葉をよく使います。社会を少しでも良い方向へ導くためには、目の前にいる困っている人たちの声に耳を傾けて対話を重ね、自分たちが提供できる技術や知見をフル稼働し、チームで協力しながら“0.01”を積み重ねて、0→1にしていくことを意識しています。
— ゼロからイチをいきなり目指すのではなく、小さな積み重ねをみんなでしていくことが大切だということですね。
その通りです。当然ながらそのためには、エンジニアリングの新しい技術を学んだり、知見を深めたりすることも必要になってきます。大切なのはその順番を間違えないこと、手段と目的を混同しないことですね。
僕自身も現在はWeb3技術を学んでいて、これからどんなユースケースが生まれてくるのか非常に注目しています。
地域は今、オリジナリティとテクノロジーが交差する最先端の場所
— 最後に、藤崎さんが福岡でさまざまなプロジェクトに携わる中で、今感じていること、これからの可能性を聞きたいです!
日本は「課題先進国」だといわれていますが、その社会課題の多くは地域の人たちが直面しているものです。だからこそ、地域での活動や取り組みは最先端の経験になり得るのではないでしょうか。
今、僕は主に九州の自治体のみなさんとプロジェクトをご一緒していますが、前例がない中で新しいことにチャレンジしよう、地域の課題をなんとかして解決していこうと前向きに活動している職員の方、関係者の方もたくさんいます。
そんな情熱ある人たちと共に、10年後、20年後……さらにもっと先の時代を見据えて、地域の未来をつくっていきたいですね。僕自身も、「社会の形成者」の一人として。
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