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【月報2023年9月】元公僕が地域おこし始めてみた件

トップ写真は、大槌まつりの輿納めの後の臼澤鹿子踊の集合写真です。

9月は、
【興味なくても、結果防災・結果伝承】
【大槌にはいろいろな人がいっぱい】
【僕の大槌まつり第2章】
【花火は独りで観るものだ】
の内容でお送りします。


1.防災と伝承で全国を繋ぐ

公益社団法人3.11メモリアルネットワーク主催の「防災学習・震災伝承実践交流会2023〜学校現場での防災学習・震災伝承の充実のために」の第3回に参加してきました。

今回の主な内容は、1,2回目の内容の振り返りに加えて、全国交流ということで、兵庫や佐賀からの事例報告と、参加者同士のオンラインも含めた交流会でした。

詳細な内容をお伝えすると長くなるので、印象に残った点についてお伝えしたいと思います。

①「防災」をツールに「市民」「主権者」を育てる

灘高校の池田先生の発表では、「防災」をツールに「市民」「主権者」を育てたいという言葉が非常に印象に残りました。

そう感じたのは、防災や震災伝承に関する分野では、「災害の経験→防災に活かす」という考え方が多いと感じる中、「教育を良くしたい→防災や災害から活かせることがある」という考えだと感じたからです。

そして、先生自身は別に防災をやりたいわけではないが、東北に行くことで、学校では出来ない教育ができるといったことをおっしゃられていました。

正直関西に住んでいたころから、災害から命を守るために備えようという論法でもって実際の行動に繋げることが全ての人に通用するわけではないと感じていました。

なので、個人の興味関心は抜きにして、仕事として学校で防災教育を進めていくためには、防災以外の当事者にとってのメリットがないと余裕のない中でやる必要性が感じてもらいにくいと思いました。

そこで、防災教育を防災のための教育ではなく、防災や災害から学ぶことを手段として、いじめを無くしたり、思いやりの心を育んだりなど、生きる力を身につける教育として、学校での主な目的に合致するような考え方もあるのだと気付きました。

そうすることで、防災というワードにしか惹かれない人以外の人も結果として防災を手段とし、結果としても防災にも繋がる教育に必要性を感じて頂くことが出来たという過去がありました。

そういったことを踏まえても、結果として災害から命を守ることに繋がる教育として、教科書を教えることできない社会と学校を繋いだ教育を災害を通じて出来るということは、ただ単に逃げるということを教えるのではなく、逃げるという結果を自分自身で考え、導き出し、その後も生きることが出来る力に繋がると感じました。

そういう意味では、避難訓練といった防災に直結する活動以上に多くの人の参加、多くの分野や状況での活用が出来る社会教育だと感じました。

そして、自分自身は生きることは大事だと思うが、防災そのものにはさほど興味があるわけではないので、防災以外の目的の取組をされている方が、こういった形で枠を越えて防災の分野に関わって頂けることは大変重要なことだと感じました。

鉄道会社で働く人が全て鉄道が好きとは限らず、ゲーム会社で働く人が全てゲーム好きとは限らないように、興味のない人も関わることが出来る可能性があり、だからこそ多様な考えを目的のために活かすことが出来る、そんな分野に防災・震災伝承の分野が今後変わって行けば良いと感じました。

②小中高の発達段階に応じた防災教育を考える

内容に深く触れると長くなるので省きますが、発達段階に応じた防災教育という言葉が当たり前のようで、とても大切だと感じました。

なぜかというと、自分が受けた学校防災教育は小学校のどこかの時点で止まっており、それ以降外部からの教育によりアップデートされていないからです。

たぶん、阪神淡路大震災以降に学んだと思われる「おはしもて(押さない・走らない・しゃべらない・戻らない・低学年優先)」以降に避難行動について教わっていないような気がします。

たぶん他にも学んだり、教えようとしたことはたくさんあるのだと思いますが、自分は都合のいい事しか覚えていないのだと思います。

必須の内容をそれを覚えされすれば大丈夫かのように、当時の学校のテスト問題のように覚えていたような気がします。

いつか、防災に関する事柄も、教員の工夫だけではなく、全国的なカリキュラムの中に自然に溶け込み、そこで学んだ事が、年齢を経ても、時代が変わっても、技術が変化しても、その時その場で自分や周りの人達のために活かせるようにできればいいのではないかと感じました。

③最後に

こういった全国各地での取り組みを知る中で、感じたことがあります。

それは東日本大震災がきっかけになったということです。

現在続けていらっしゃる活動は、年数が経つにつれ東日本大震災から離れて行くかもしれませんが、人々が「災害に備えよう」「より良く生きよう」とするための力を付けるきっかけは今もこれからも東日本大震災の被災地にあるのだと感じました。

だからこそ、三陸沿岸にいる自分としては、そういった人達のきっかけや繋がりを持ってもらうことに力を尽くしていきたいと思いました。

2.大槌の人々と繋がる場

大槌情報共有会という大槌町内の人が集まる場が開催されたので、参加してきました。

主な内容は、参加者の自己紹介と現状の課題を話し合ったうえで、その中から重要なテーマに分かれてより具体的に話すといった場でした。

どういった場なのかを伝えるのが非常に難しいのですが、大槌で地域の活動に関わっている方が集まって、意見交換する場といったイメージでした。

自分にとっては、大槌の人の考えなどを知る機会になりました。

その一方で気になった点もありました。

今回がたまたまそういう参加者になったのかもしれませんが、「GIVE(~してほしい)」という人がほとんどで「TAKE(~できるよ)」という人が少ないと感じました。

そういう自分自身も震災伝承に関することで関わることが出来る人がいないかという目的もありました。

しかし、様々な場所で人手が足りないように見える現状で外部から来た自分がさらに人手を求めるのは、そもそもの目的と異なると感じたので、自分がしてほしい事より、自分でも少しでも力になれることがあるのではということをお伝えしました。

自分は町内にいると、地域おこし協力隊ということで、意識されがちかもしれません(自意識過剰かもしれませんが(笑))。

しかし、まだ知らないことがたくさんある大槌の町で、自分が何かをするというよりは、この町を良くするためにやりたいことがある人のために約に立つといったことの方が、自分には合っていると感じました。

呼んで名の通り、大槌の人の地域おこしに協力する、略して地域おこし協力隊として、残りの任期を全うしていきたいと思います。

3.初めて踊る大槌まつり

大槌に来て初めての大槌まつりを観て、臼澤鹿子踊の旗持ちで参加して、神輿と一緒に小槌川に入ってから1年が経ちました。

1年前の自分

その後、少しでも大槌まつりのために力になれたらと思い1年が経ちました。

今年の自分

①踊りの練習の日々

1年前の大槌まつりで、鹿子踊を踊っている人を見て、かっこいい、楽しそうだと感じました。

そして、自分もやってみたい、どうなのか身体で感じてみたいと思い、臼澤鹿子踊の演舞があれば写真撮影などをし、踊りの練習にも参加してきました。

まつりに向けて練習中

そして少しづつ、太鼓や笛の音、囃子、踊りの振り付けを覚えながら、練習してきました。

8月のかがり火の舞で初めて人前で踊ることが出来ました。

②まつりに向けて出来ること

自分が来年こそは出たいと思った大槌まつりですが、自分に出来る事は出る事だけではないと思いました。

かがり火の舞の郷土芸能や臼澤鹿子踊の各地での演舞の写真撮影も続けて来ました。

郷土芸能を見る機会も増える中で、演目の流れやシャッターチャンスなども少しずつ分かるようになってきました。

そして撮った写真が、かがり火の舞の町外の人の鑑賞用チケットにも使っていただき、写真を通じて大槌の郷土芸能の魅力を伝えることのお手伝いをさせていただきました。

オリジナル観賞用チケット

他にも、大槌まつりのPR隊として盛岡の肴町商店街とイオン盛岡南で鹿子踊を踊ったり、自分が旗を持って神輿と一緒に入る小鎚川の草刈りにも参加しました。

肴町で踊る自分
みんなで草刈り

大槌に来た頃の自分には思いもしなかった体験ができたのは、多くの方々のおかげで、感謝しきれません。

こうする中で、祭りはその当日だけではなく、それまでに多くの人々の力があってこそ当日を迎えられるものだと実感することが出来ました。

これからも自分自身も楽しみながら、大槌まつりに出たり見たり関わったりすることで、大槌や祭りを楽しめる人が少しでも多くなるように、自分に出来る事をしていきたいです。

③観る大槌まつり

安渡虎舞

大槌まつりは2つの神社の祭りが連続して行われるのですが、自分が参加している臼澤鹿子踊りは、小槌神社の方しか出ないので、その前日の大槌稲荷神社の祭りの午前中と宵宮祭は観ることが出来ました。

上亰鹿子踊

踊って参加するのも楽しいですが、行列について歩いて、様々な郷土芸能団体で大槌で出会ったいろいろな人が参加し、輝いている姿に出会えるのも、大槌まつりの一つの楽しみ方なんだと実感しました。

松の下大神楽
向川原虎舞

写真を撮る中でも、知り合いがいることで、撮影に対する意識も自分の中に残る記憶も大きく違うので、観る方としても大槌まつりを十分満喫できました。

大槌稲荷神社から降りてくる神輿
陸中弁天虎舞

これは大槌に住まないとわからない大槌まつりの楽しみ方だと思いました。

上亰鹿子踊

④踊る大槌まつり

そして緊張しながらの門打ちからの宵宮祭、そして小鎚神社のまつり当日と、臼澤鹿子踊の踊り手として参加しました。

臼澤鹿子踊は団体の参加者も多く、外から観てみたいと思うくらいの人数でした。

そして昨年に引き続き、旗を持って小鎚川に神輿と共に入りました。

当然袴もびしょ濡れになり、その後の踊りは幕の中がドブ臭かったです(笑)

臼澤鹿子踊の旗を持って神輿と共に小鎚川の中へ

⑤大槌まつりを終えて

なんだかんだ言って、大槌に来て3年目でやっと、大槌の人達のまつりに対する思いを自分自身も体感することができました。

そして、それは今までとはまた別の景色でした。

神輿や郷土芸能で参加した知り合い、まつりに来たついででも自分を見に来てくれた知り合いなど、大槌に来て出会ったたくさんの人に会えた日でした。

記録としてカメラで撮影した写真はあまり無いですが、自分自身の記憶にしっかりと残ったまつりでした。

自分がそういう気持ちになれたのは、大槌まつりに関わった様々な方がのおかげです。

そして、僕の鹿子踊はこれからも続きます。

また、来年の大槌まつりで会えますように。

4.思いを繋ぐ吉里吉里夢花火

先日吉里吉里地区での花火を観に行きました。

大槌に来てから3年間、毎年必ずこの花火は観に行くことにしています。

他の町の花火のようにたくさん上がるわけではありません。

けれど音楽に乗せて花火一発一発に込められた思いは、他の花火では味わえないものだと思いました。

一応、個人的にもささやかながらご協力させていただいてますので。

そういった花火は、花火そのものが単純にきれいといったこと以上の価値があると思います。

暗闇の中でひとりで写真を撮りながら観る花火でさえなければ(笑)

同じような自虐的なことを1年前も言ってたと振り返って気づきました(笑)

そして1年後も同じことを言っている、そんな未来が見えました(涙)

5.おわりに

9月は、自分にとっては大槌まつりのための1カ月でした。

今まで新型コロナウイルスの影響でまつりそのものが無かったり、参加を控える人が多かったりもしましたが、大槌に来て3年目でようやく本来の大槌を体感することが出来ました。

まつりを通じて大槌の人々の魅力をさらに知ることが出来た9月でした。

大槌町地域おこし協力隊

北浦 知幸(きたうら ともゆき)

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