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金色のイデア

 すり鉢城のドリームシティの中央には井戸がある。井戸といっても水を汲むためではなく、ここで生成された元素を海底のパイプラインに繋いでMシティまで輸送するための巨大な設備だ。街中の工場から集まってくるパイプを束ねて太いパイプに繋ぎ、太いパイプは一旦空を目指すがすぐに大きく湾曲し真下にむかって街の中央を貫く。パイプはそのまま海底まで続く。

 輸送の時間になると海底ではドリームシティから伸びるパイプをアンドロイド達が接続する。すると巨大なパイプの中を元素を詰めた無数のカプセルが勢いよく流れていく。巨大なパイプの中を流れていく様はまるで巨人の心臓が血液を押し出しているようだ。うねるパイプを振動させあたかも井戸自体が生命をもっているかに感じさせる。

 井戸は輸送が始まると雄叫びをあげる。作り出した元素がなくなると、工員たちは甲板のゴミ山へゴミを集めにいく。そして拾ってきたゴミをプラズマ分解機で元素に分解していく。甲板のゴミが少なくなった頃にドローンがやってきて大量のゴミを落としていく。落とすゴミはMシティの機械製品製造で出たさまざまな廃品である。そしてドローンがゴミを落としていく頃になると、再び生成された元素を送り出すために井戸が唸り出す。

 その井戸の真上を空荷になったドローンが悠然と通過していく。時折、下部廃棄口の端にひっかかったゴミが空から降ってくることがある。またきらきらと光る金色の何かが落下してきた。そのゴミはあたかも自らの意思でそうしたかのように、街を一番よく見渡せるパイプの最上部に着地した。ゴミは一本の長いアンテナを伸ばしそれきり動かなくなった。そしてまた、井戸が唸り始めいつもの日常が始まった。

 ここはゴミ処理島のドリームシティ。ここに住む者はみなゴミから元素を生成し売って暮らしている。街には警察も学校もないがバーだけはあった。アンドロイドのアリスはそういった小さなバーを一軒営んでいた。

 アリスの店には今日も仕事上がりの客がやってきて一日の疲れを癒してた。

「本当にカッパを見たんだよ。嘘じゃないって」

 アンドロイドのサルティエは力説しているが、手に持つグラスにはもうほとんど電子ウィスキーが残っていない。話に信憑性がないことは明白だ。

「電子ウィスキーの飲み過ぎは画像処理の回路を暴走させることもあるのよ」

「おいおい。俺が幻覚を見たっていうのか。いつも酔っ払ってるわけじゃないぞ」

「じゃあ、いつなら酔っ払ってないんだ」

 隣のエンジェルが茶々を入れてくる。

「何言ってる。電子ウィスキーで酔っ払うアンドロイドなんか見たことない。そんなやつどこにいる」

 皆が一斉にサルティエを指さし彼は憤然とした。

「なんとでも言えばいいさ。でもここで飲んでいる間だけは安心だ。アリスがいるせいかここでは絶対に見えないんだ」

 茶々を入れたエンジェルはそんな名だが男である。昔はかなりの悪党だったらしく、飲むウィスキーはいつでも『ジムビーム・デビルズカット』だ。自分と対照的な名前が気に入っているそうだ。今でも時々物騒な取引をしていてそれを自慢したがる。

「見てくれよ。珍しいガンだろ」

 カウンターの上には見たことのないハンドガンが置かれている。銃口が十字に開いている。流行りの電子パルス弾を改良し衝撃波が十字方向に伸びるらしい。

「あんた強いんだろ。こいつを貸してやるから使ってみなよ。体が四つに裂けるんだぜ」

「私はただのバーテン。こんな物騒な物いらないわ」

「へへへ。そういかい。時々顔役に頼まれて剣を振り回してるって聞いてるぜ」

 確かにアリスは元軍用アンドロイドの経歴を買われてここに住むことになった。だから時々厄介事の後処理を任されることがある。だからといって積極的に武器を保有しようとは思わない。アリスの仕事の範疇はあくまで「人の目で見えないような何か」だと彼女は思っていた。

 やんわりとハンドガンを押し返したが、男は「いいから」と言ってそれを受け取らないまま帰って行った。残されたハンドガンをカウンターに隠していると、宛先不明、追跡不可のメッセージが届いた。メッセージには、

“おまえが恐怖するものは何か?”

とだけ書かれていた。

「またきた。どこのガキのいたずらだ」

 サルティエが呟いた。

 数日後、エンジェルが店にやってきた。てっきりハンドガンの事かと思ったら、硬い表情で切り出した。

「サルティエはいないのか」

「そろそろやって来る頃合いね。あなたたち案外仲良しなのね」

「そんなんじゃねえ。聞きたいことがあるんだ」

 どうやらサルティエが見たカッパの事を聞きたかったようだ。あれからエンジェルもおかしな物を目にするようになった。彼は人間だがウィスキーを飲み過ぎればおかしな物を見るのは人も機械も一緒だ。

「チュパカブラって知ってるか」

「南米に現れるっていうUMAでしょ。家畜の血を吸うっていうアレ」

「そいつが街を徘徊しているんだよ。あいつは何を見たって言っていたっけ」

「カッパを見たそうよ」

 カッパにチュパカブラ。実はアリスの耳にはもっと色々な話が入っていた。街のあちこちで怪奇じみた話が立ち上っている。だがどれも伝説上の怪物にすぎない。

 ドアベルを勢いよく鳴らして入ってきたのは、街の顔役であるゲン爺だった。いつになく険しい顔をしている。その顔を見ればウィスキーを飲みに来たのではないことは誰でもわかる。

「そろそろ来る頃だと思ったわ」

「頼みたいことがある」

 エンジェルがおいでなすったといった表情をした。

「街のあちこちで物騒な怪物が出現しているらしい。原因を突き止めてくれんか」

「一体どうなっているのかしら」

 ゲン爺はため息を吐いた。

「こっちが知りたいわい。ドラキュラなんか現れなければいいがのう」

 そこへゲン爺を押しのけて男が転がり込んできた。

「大変だ」

「サルティエがそこでカッパに襲われている。助けてやってくれ」

「カッパ?」

 皆が一斉に反応する。

「そうだよ。カッパだよカッパ。あの緑で頭に皿がある奴だ。急いでくれ」

 アリスは斬霊剣を掴むと店を飛び出した。

 サルティエの工場に駆けつけると、緑色をした猿のような生物が彼にのしかかっていた。アリスの右目は得体の知れないモノがいれば、そのエネルギー場を読み取ることができる。だがそこには何も見えない。ただ、光学レンズの左目には確かにカッパが映っている。

「助けてくれ。誰か」

 アリスは斬霊剣を抜き放つとカッパの胴を袈裟掛けに切り下ろした。まったく手応えがない。切られたカッパは驚いた顔を見せながら、細かい粒子に分解しながら宙に消えていった。足元で頭を押さえてうずくまるサルティエの腕にはいくつもの引っ掻き傷ができていた。

「ゲン爺が大変だ」

 再びさきほどの男が転がり込んできた。

「今度はどうしたの?」

「あんたの店でゲン爺が変な男に襲われてる」

 アリスは店に取って返すと斬霊剣を握りしめたまま中に飛び込んだ。店の奥で黒づくめの男にゲン爺が押さえつけられている。

「その手を離しなさい」

 振り向いた男を見てアリスは驚いた。背が高く色白で髪は綺麗に撫でつけられている。くるぶしまである長いマントを羽織り、ゲン爺を押さえつける長い指には年代物の指輪が嵌められている。そしてなにより口元からは長い二本の牙が覗いていた。吸血鬼ドラキュラとしか考えられない。

 アリスが斬霊剣を振り下ろすと、吸血鬼ドラキュラは素早くその身を翻し小さな蝙蝠に姿を変えた。そして目にも止まらぬ速さで店内を飛び抜け扉から逃げ出した。アリスは咄嗟にカウンターに隠したハンドガンを取り出すと店を飛び出した。不規則に動き回る蝙蝠に慎重に狙いを定めると引金を引いた。腕に軽い衝撃が来たのと同時に蝙蝠がいくつもの破片に弾け飛んだ。ちぎれた肉片は地上に落ちる前に宙に溶けて消えた。

「何が起きているんじゃ」

「わからないわ」

 街のあちこちで悲鳴が上がっている。

「頼むぜ。チュパカブラなんか現れた日にはちびっちまう」

 エンジェルがそう呟いた途端に暗がりから、鋭い牙を持つ毛の無い猿のような生物が現れた。チュパカブラに違いない。

 チュパカブラは怯えて動けなくなっているエンジェルに勢いよく飛びかかった。

 アリスが素早く引金を引いた。

 チュパカブラは千々にちぎれて吹き飛んだ。

 アリスにも徐々にわかってきた。こいつらは現れてほしくないと思うと出て来るのだ。でもなぜ。どうやって。もし自分だったら……。

 そこまで考えてしまったと思った。アリスはアンドロイドだ。怖いとは思わないが、会いたくない相手ならいる。たとえばアリスがシベリアの店を失う原因を作った男。

「やあ、久しぶりじゃないか。元気そうでなによりだ」

 振り向くとそこに黒いバトルスーツに身を包んだエドワードが立っていた。あの時はかろうじてアリスが先手を取った。だがあの時以上にパワーアップしていたらどうなる。

 エドワードが動いた。あっと思った時は背後を取られていた。速い。エドワードの先制攻撃。しかも驚いたことに彼は十字衝撃波のハンドガンを撃ってきた。

 かろうじて衝撃波の範囲から飛び出したアリスは転がりながら照準を定めてハンドガンを構える。

 だがそこにはもうエドワードはいない。

 背後か?

 振り向いた先にもいない。頭上で空気を切り裂く音。咄嗟に背後にとびのくがワイシャツの胸元が切り裂かれる。プロテクトスキンも僅かに裂けているが重症ではない。だが、このままでは勝てない。スピードははるかにエドワードが優っている。どうすればいい。

 左右に逃げ場を探す。ゲン爺たちが目に入った。巻き込んではいけないと思う。同時にふとゲン爺の言葉を思い出した。

「ドラキュラなんか現れなければいい」

 つまり、こいつらは起こってほしくないことを起こす。エンジェルの場合もそうだった。アリスにしてみれば、自分より強い相手と対峙したくないという思いこそこの現実を引き起こしている。

 ならば。

「どこを見ている。俺はもうお前の背中を取っているぞ」

 背後からエドワードの高笑いが起こった。

「これで終いだ」

 エドワードが引金を引いた。

 だが何も起きなかった。

「なんだ? どうした」

 エドワードの手に握られているはずのハンドガンは消え失せ、そこにはなみなみと『サントリー山崎』が注がれたグラスが握られていた。

「そんな高級なお酒をタダで飲まれちゃ、怖くてたまらないわ」

 アリスが引金を引いた。エドワードはグラスと一緒に四方に裂けて飛び散った。

「ゲン爺。このおかしな状況を止める方法がわかったわ」

「本当か」

「ええ、今すぐ全住人に連絡を取りたいの」

「わかった」

 ゲン爺が司令を出す。

「よし。それからどうする」

「こうするのよ」

 アリスは全住人に向けてたっぷりの電子ウィスキーを一斉配信した。アリスからのメッセージを受け取った相手は無料のウィスキーを突然プレゼントされたことになる。そしてここの住人でタダ酒を嫌いな者はいない。十五分もすれば街中がひどい酔っ払いで溢れることだろう。

「何をしたんじゃ。どういうことじゃ」

 そういうゲン爺もすでに2杯目に入っていた。

「楽しく酔っている時に怖い事を考える人はいないでしょ」

 そう言いながらアリスは右目にリソースを集中した。カッパやチュパカブラの消え方からみて、あれは本体ではない。明らかに襲われた本人が作り出した幻想だ。そしてそれを周りが見えるようにしている何かがいる。そいつが本体だ。

 いた。

 街の中心、井戸のパイプのてっぺんにおかしなエネルギー場を持つ物があった。アンテナから脳幹を揺さぶるような電磁波を発している。アリスはハンドガンで狙いをつけると一撃で粉砕した。

「終わったわよ」

 見ればゲン爺は地べたに横たわって高いびきをかいていた。一体何杯飲んだのか。街中で同じ事が起きているはずだ。アリスにしてみれば大損だが、まあ仕方のないことだろう。

 ゲン爺を担いで店に戻ると、驚いたことにカウンターに平然と座る男がいた。黒く古臭いフロックコート。コートかけには山高帽とステッキがかけられていた。

「お久しぶりです」

 夢郎が言った。以前夢の中で少年をいたぶっていた男だ。

「何の用かしら」

 ゲン爺をそっとおろすとポケットのハンドガンに手を添えた。

「おっと、今日は客です。物騒な物は出さないでください。それより随分な大盤振る舞いをしたみたいですね。お陰で実験は中止です。私が怒られてしまう」

「あなたの仕業だったのね」

「素晴らしいと思いませんか。考えたことが現実になる世界」

「素晴らしい状況には見えなかったけど」

「発明には実証実験が必要です。あなたがたはビジネスパートナーですから、協力して頂かないと」

 勝手なことを言う夢郎はメニューから『オクトモア10年』を選んでロックで注文した。

「まあ、最初の実験にしては悪くはない。前祝いといきましょう」

 アリスはカウンターに入るとグラスを取り出して夢郎の前に置いた。

「今日はお代はいらないわ。飲んだら帰って」

 グラスには『サントリーゴールド900』が注がれている。

「私が大物、ということではなさそうですね」

「壮言大語」

 夢郎は肩をすくめるとウィスキーを一気に飲み干した。そして言われた通り、山高帽とステッキを取り、紳士的に会釈をして出て行った。静かになった店にはゲン爺のいびきが響き、店の外では乱痴気騒ぎが巻き起こっていた。

          終

 今回のお話ではいくつかのウィスキーが登場しましたので順に紹介します。

『ジムビーム・デビルズカット』は世界一売れているケンタッキーバーボン『ジムビーム』のラインナップの一つです。デビルズカットというのは樽に染み込んだウィスキーを、空樽に水を入れて振ることで取り戻した物を言います。通常のウィスキーと違って木材の中で熟成するため、違った味わいになるようです。

『サントリー山崎』は世界に誇るジャパニーズウィスキーです。日本の仕込みの良さと熟成のマッチングが素晴らしく、いつしか投資対象となってしまったおかげで庶民は買えなくなってしまいました。早く電子ウゥスキーができないかと切望する次第です。

『オクトモア10年』はスコットランドのアイラ島はブルックラディ蒸溜所で生産されるシングルモルト・スコッチウィスキーです。アイラ島のウィスキーはどれも薫香が非常に強い物が多いですが、そのなかでもオクトモアシリーズは世界一薫香が強いシリーズとして生産されています。

『サントリーゴールド900』はサントリーが1960年代に販売開始したブレンデッドウィスキーです。この時代のウィスキーを知っている方ならCMを一度は目にしたことがあるでしょう。「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか。ニ、ニ、ニーチェかサルトルか。皆んな悩んで大きくなった。俺もお前も大物だ!」というなんともインパクト大すぎるCMです。さて味の方は大物だったのでしょうか。

 さて今回のお話はこのCMから着想を得ました。プラトン曰く、世界はイデアしか存在せず、私たちはイデアのコピーを見ている……よくわかりませんがそんな感じ。もしそのイデアなる原型を自分の中で作り出せれば、そのコピーもままた目の前に現れるのでは、とちょっと違うかも知れないですがそんなことを考えました。それを将来実現する機械ができたらどうなるだろう。それを悪用する者がいたらきっと混乱するでしょうね。そうした物事はMシティという街で考え出されています。Mシティというフィールドに話を進めるために少しずつ要素を付け足して話を作っていきたいと思います。Mシティには一体何が待っているのでしょうか。



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