はじめにーー自分が今最も欲しているものとは何なのか
「会社を辞めたいけれど、自分みたいな人間はたぶん他では上手くやっていけない」という友人がいた。彼の顔は疲れ切っていて誰がみても限界だということは明らかだった。
そんな友人を見ていると「私よりもずっと頭が良くて有能なあなたが、どうしてそんなことを思うの?絶対他でも上手くやっていける。あなたを縛るそんな職場なんて抜け出しなよ」と考えなしに言いたくなってしまう。
しかしどこかで躊躇してしまうのは、自己否定的になる彼の気持ちがなんとなくわかる気がしたからだった。私もまた大事な選択を迫られたときに「私なんかが」と思って何度も自分の欲望を無視してきたし、やりたいことに正直になって自由に生きる自分を想像することはあっても「いやそんなの上手くいくはずがない」とすぐ打ち消してきた。
それは例えば、努力しても勉強も部活も人並みの成果すら出せなかったことや、職場ではミスばかりで全然使い物にならなかったこと、さらにいえば学生時代から男性に女として評価されてこなかったという「能力」に直接関係しないことも含めて、そういう些細な挫折の積み重ねが影響しているのだと思う。友人と私を重ねるのは少々恐れ多いけれど、でも彼もまた過去の何かしらの経験に大事な選択を阻まれてる気がしてならなかった。
とはいえ、じゃあ「自分の人生」を手にした人たちは初めから能力にも環境にも恵まれていて何の傷も負わずに生きてきたのだろうか。とてもそうは思えなかった。きっと自己否定してくる自分自身と対峙して、心を震わせながら大地を踏みしめて歩いている人たちだっているはず。
私は人生を切り拓こうとしている同世代に話を聞きたくなった。彼らに今までどんなことがあり、なぜその道を選んだのか。その道を選んで充実した生活は送れているだろうか、それとも後悔してるだろうか。彼らの気持ちを知りたかった。
私だけの言葉では友人の背中を押すこともできないが、同じように社会と闘いながら自分の欲望に素直に生きようとしている同世代の話を集めることにはきっと意義がある。誰かが大事な選択に迷っているときに安心して一歩踏み出すための何かになると、そんなことを思った。まあ正直に言えば、私自身がそうした人たちの話を聞いて勇気づけられたかったというのもあるのだけれど。
今回は「夢」や「キャリア」について取材を行った。30歳を目前にした20代後半の彼ら。理想の自分に近づくため切磋琢磨している人、すでに夢を叶えて次のステージに進もうとしている人、願望はあるがこのままの生活がベストだと考えている人……とさまざまだが、話を聞いているとほとんどが学生時代や社会人生活の中で挫折を経験していて、その過去と向き合いながら生きていた。夢を掴んだからといって、なんでも上手くやれる器用さを持っていたり、踏み出すための環境が用意されているといったことはなかった。
どれだけ覚悟を決めても自分の力だけで何かを決めて進むことは怖いことでもある。成功論ばかりが溢れかえり、まるで“勝者がすべて”かのような社会の中で「失敗」を恐れないことの方が難しい。「失敗」するぐらいなら、自分の欲望を無視して今の場所に留まっていたほうがまだマシだと後ろ向きになることだってある。
そんなとき、きっと彼らの話は何かしらの助けになるのではないかと思う。
必ずしもきらきらとした美しい話ばかりではない。だからこそ、そんな彼らの話に耳を傾けることで、自分が本当に行きたい場所がどこなのかが徐々には見えてくる。
元々は友人に思いを馳せて作った連載だったのに、完成してみると私自身がいま本当に求めているものとは何なのかと問いただされているような気持ちになっている。もしここに辿り着いた人たちの中で、職場や家庭などに縛られて身動きがとれなくなっているとか、自分がようやく選んだ道をまだ「正解」だと信じられないとか、そういう人たちがいるならば彼らの話を聞いてくれたらとても嬉しい。前に進むためのヒントになることと思う……そうなることを願っている。
1:フードコーディネーター・山本咲さんの話
2:カメラマン・井上ユリさんの話
3:バーチャルライバー/バーチャルライター・茉河ユウさんの話
4:アパレルVMD・ハギさんの話
5:ウェディングプランナー・今枝佳奈さんの話
おわりに
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