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独裁者の統治する海辺の町にて(15)

安倉雅子が腹違いの弟と言っていた記者は永川謙二という名前だった。この二人が本当にそうだったかどうかはおれは知らない。だが、二人が男と女の関係にあったことはまちがいない。

安倉は凛子がそうであるように、子供の時から組織にアサシンとして育成されていた。違いは、捨て子か、施設から連れてこられたかだ。永川謙二も同じ施設にいたにちがいない。安倉の数回の東京出張は、原発関係の政府要人と電力会社に対する裏工作のためだ。おそらく、何人かは彼女とベッドをともにし、そして何人かはこの世からいなくなっているだろう。

その工作中に、政界ゴシップ記者になっていた永川と遭遇したのだろう。二人の計画は、この原発建設計画を暴き、組織に打撃を与えることにあった。うまくいけばやつらはこの町から手を引くことになり、ひょっとすると彼女は解放されるかもしれないと読んだかもしれない。それに永川も記者として業界ポジションがアップするはずだった。いや、安倉雅子はまがりなりにも組織の根っこに関与して生きてきた女だ。そんなに甘っちょろい夢想はしないだろう。彼女が願ってたのはひとつ、「弟」の手柄だったにちがいない。そうか、生け贄になるつもりだったんだ。ということは、愛する「弟」が死んだ以上、自分の生きている意味はない。はなっから凛子に殺されるつもりだった・・・ということか。

陽焼けして黄ばんだカーテンの隙間から漏れる光が、タオルケットを撥ねのけた殺人兵器のむき出しの脚に差していた。

昨晩、このアパートに戻ってくると、おれは九鬼に電話を入れた。あの男は死骸は既に片付けた、と言って、凛子に変われと指示した。凛子ははじめは嬉しげな表情であったが、急にうなだれて何度か頷いていた。内容を聞くと、よくやったと云われたと答えたが、それだけではないことは明らかだった。おれにも人の心はまだ残っていた。世話になった恩師とでもいうべき人物を殺したわけだし、たとえそれが任務とはいえ、心が傷んでいないはずはない。愚かにもおれはそのときの訝しい気持ちを封印してしまった。

その夜、おれは凛子を抱いた。あいつが眠れないと訴えたからだ。おれにとってそれは危険なことだ。上司の女を抱いていることになるからな。だが、おそらく、そうしようとすまいと同じ事だ。あいつらにとって事実なんてものはない。あるのは理由という名の口実だ。おれが不都合な存在になれば、凛子との関係はどうとでもでっち上げられるってわけだ。要は九鬼の野郎がおれをどうみるかだ。

時計は10時を指していた。外の通りはいつものように青年隊の馬鹿どもの行進だ。

おれはハムエッグをつくり、トーストを焼き、冷えた牛乳をコップに注いだ。

ほうら、人殺しの美しい裸の女豹のお目覚めだ。


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