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【戯曲】山田という名の死神④ 終幕


□ シーンⅤ

[男・娘・山田・洋子・大輔・N] (25分) 

男の妻が眠る墓地。
男、板付き。花束と小箱を持っている。
明転。
男、花束を舞台ツラ中央に置く。

男    「(しまっていたバラを取り出し)いよいよ、あと一枚か」

娘が登場。

娘    「お父さん、どうしたの?急にお母さんの墓参りに行こうだなんて……」
男    「(慌ててバラをしまう)あ、ああ。あれから10年やからな。お前の結婚の報告もあるし」
娘    「そうね……」

男と娘、墓に向かって手を併せる。
しばらくして、男が口を開く。

男    「(娘の手に小箱を渡して)これは父さんからの結婚祝いや」
娘    「これって……私が作った……」
男    「ああ。お前が小学生の時にくれたんやったな」
娘    「まだ……持ってたんだ。忘れてた。こんなにボロボロになるまで」
男    「小さな手でいろんなものを詰め込んで……うれしかったで」
娘    「あの時は大きいと思ってたけど、こんなに小さかったんだね」
男    「(言い辛そうに)……あのな、実は……お前に言っとかなあかんことがある……」
娘    「……何……?」
男    「近々遠いところへ行かなあかんなって。その……」
娘    「え?」
男    「……その……また仕事……や」
娘    「いつなの?」
男    「明日の朝にはいない……やろな」
娘    「そんな……いつ戻ってこれるの?」
男    「もう、しばらく戻れそうにない……」
娘    「何それ?どういうこと?」
男    「今度は……その……すごく遠いんや」
娘    「日本じゃない……ってこと?」
男    「あ、まぁ、そんなところだ」
娘    「……」
男    「どうした?」
娘    「……私の……結婚式は?」
男    「すまない。出られそうにない……」
娘    「……何よ。それ」
男    「……」
娘    「仕事なのは分かるけど、何とか結婚式くらい出られないの?」
男    「……いや……今度の仕事は今までと違ってな。どうしても抜けられないんや」
娘    「……またか……」
男    「すまん」
娘    「あの時と同じ。お父さんはちっとも変わってない……」
男    「……」
娘    「お母さんが死んだ日もそうだった……」
男    「……それは……」
娘    「私がお母さんの穏やかな死顔に化粧してたとき、あなたはどこにいたんですか!」
男    「向かおうとしたんや……そうしたら……急にトラブルが起こって……仕方なかった……」
娘    「そのまま葬式にも出なかった……お母さんがどんなに寂しい気持ちで行ったか、お父さんにわかるの!?最期の最期までお父さんのことを呼んでたんだよ」
男    「え!?」
娘    「お母さんはね、お父さんの仕事の邪魔にならないように、って身を引いたの。近くにいたらどうしても当たってしまうって……」
男    「……ああ……あの時は喧嘩が耐えなかったな」
娘    「自分が入院してからもずっとお父さんの身体のことを心配してた。働きすぎてひどい病気にならないかって。ほんとバカだと思った。何でお父さんみたいな人の心配なんてするんだろうって。自分の方がよっぽど大変なのに」
男    「……」
娘   「でも、息を引き取る直前にお母さんが言ったんだよ。あなたのお父さんはあの人しかいない。決して憎んじゃダメだって」
男    「母さんが……そんなことを……」
娘    「そうは言っても、私は許せなかった。お母さんよりも仕事を優先したあなたなんか!」
男    「……当然やな」
娘    「でも、こういうことを引きづったまま結婚なんてできないって。10年も会ってないんだもの。こんなことでもない限り一生このままだって。そう思ったのよ。それなのに」
男    「……おれのために気を遣わせて悪かった」
娘  「そう思うんだったら、せめて式には出てよ!父親らしく!」
男    「……おれもそうしたい!……せやけど……せやけどな……」
娘    「……もういいよ。早く大好きな仕事に行けばいいじゃない」
男    「……これだけは言わせてくれ……お前には幸せになってほしい」
娘    「……何を今更……ほんと無責任よ。そんな言葉」

山田がいつの間にか男の近くにいる

山田  「お取り込み中のところ、すんません。……そろそろ……」
男    「あ、ああ。わかっとる……」

山田、静かに後ろに下がる。

男    「おれは勝手やった。せやけど、気付いた時には戻れんようなっとった。……許してくれとは言わん。せやけど、これだけは本当や。本当にお前さえ幸せでいてくれたら……」
娘    「もういい!早く行って!」
男    「……あ、ああ……それじゃ、またな……」

    山田が男に近づく。

山田  「……気を落とさないで下さい。きっと、娘さんもいつか分かってくれます」
男    「せやな……」
山田  「……もう……よろしいですか?」
男    「……ああ。悔いはない」
山田  「そうですか。それじゃ、行きましょうか……」
男    「お前、本当に行き先わかってるんやろな?」
山田  「これでもベテラン案内人ですよ。(自分の胸を叩いて)まっかせておいてください」
男    「ほんま頼んだで。今の俺には、お前くらいしかいないからな……」

    山田と男、しずかにハケる。
娘、舞台中央に座り込む。

娘    「(手にした箱を見つめ)……こんなの卑怯よ……どうして、どうしてこんなの持ってるのよ!娘のことなんてどうでもいいんじゃなかったの!?何でよ!こんなもの!」

    娘、箱を横方向に投げようとする。
    そこへ洋子が現れ、箱を拾い上げる。

娘  「(洋子に気付き)よ、洋子さん!す、すみません取り乱してしまって」
洋子 「お父様、行ってしまったようですね」
娘    「(平静を装って)ええ……さっき。仕事で結婚式には出られないって」
洋子  「……そうですか……」
娘    「結局、父は、あの人は家族のことなんてどうでもよかったんです。私なんて、他人以下」
洋子  「……そんな……」
娘    「いいんです。もうあんな父親のことは。私もきっぱり縁を切ってお嫁にいけますから!」
洋子  「……お父様は何か仰ってましたか?」
娘    「……幸せになってくれ、と。ほんと今更ですよね。あははは」
洋子  「……」
娘    「さんざん娘を放って置いて久しぶりに会ったら、幸せになってくれだなんて。子供でも信じないです。そんな箱まで用意して……」
洋子  「……それ、本心だと思うな」
娘   「え!?」
洋子  「実はね……お父様、デスクであなたと奥様の写真を見て泣いてらしたのよ……」
娘    「……いいんです。父の肩を持たないで下さい……」
洋子  「これは本当よ。……ねぇ、この箱、何が入ってるのかしら。開けてみたらどうかな?」
娘    「……」
洋子  「さ、早く早く」

    娘、洋子から箱を受け取り、開けようとするが、鍵がかかっている

娘    「……これ・・・・・・」
洋子 「……鍵がかかってるの?番号わかる?」
娘    「たぶん」

娘、洋子に目配せをしてから、鍵を開ける

洋子  「開いたわ!どうして番号がわかったの?」
娘    「……この箱、私たち家族で行った旅行のお土産なんです」
洋子  「え!?」
娘    「母も一緒で、その鍵は家族みんなで決めた番号なんです。それが家族最期の思い出でした」
洋子  「そうだったの……それで」
娘  「あれから番号変えてなかったんですね」
洋子  「……お父様にとってもいい思い出だったんでしょうね……中には何が?」

    娘、箱をゆっくりと開ける
娘    「……これ……これって」
洋子  「部長……そうだったんですね。ここ最近の行動は全て……」
娘   「自分が長くないってわかってたんですね……。それなのに私、あんな酷いことを……」
洋子  「お父様としてもあなたに許してもらえると思わなかったんでしょう。だからこそ、これをあなたに、娘さんに託したんだと思います」
娘    「(箱を抱きしめて)……お父さん……ごめんなさい。私、何にも知らなくて」

しばらくして大輔が登場

大輔  「ああー。遅くなった!」
洋子  「あんたなんでこんなところに?」
大輔  「いやぁ。最後に自分の仕事押し付けるなって、部長に文句言おうと思って」
洋子  「何行ってるの。部長の推薦でプロジェクトリーダーになったんでしょ」
大輔  「ま、そうですけどね。これが地獄のようなプロジェクトで。おれ、死にそうですよ」
洋子  「あんたなんか、死ぬには早すぎるわよ。まだ何にもやってないんだから」
大輔  「今のグサっと来ました。グサっと……それはそうと、部長はもう行っちゃったんですか」
娘    「ええ。ついさっき」
大輔  「そっか……もう文句ひとつ言えないのか。何だこのむなしい感じ。くっそー!」
娘    「大輔さん……」
大輔  「部長、あれで結構悩んでたみたいですよ。結婚式に出てやれないって」
娘    「お父さんが……」
洋子  「そうね。あ、式には私たちも出席させて下さい」
大輔  「部長が俺の代わりに頼むって」
娘    「そうでしたか……今度招待状をお送りしますね」
洋子  「ありがとうございます」
大輔  「さぁさぁ、みんなで何かおいしいもの食べに行きましょうよ!」
洋子  「それはいいわね!もちろん大輔のおごりで」
大輔  「えええええ!?」
娘    「はい……ありがとうございます」
洋子  「さ、さ、行こ行こ。この前駅前にできたイタリアンがおいしいのよー」

    洋子、色々話しかけながら、男とは反対方向にはけるよう娘を促す。

大輔  「ちょっと洋子さん、おれ給料日前ですよ!?苦しいんですよ?ちょっと聞いてます?」

大輔はける。暗転。
やがて薄明かり。
N、『○死』のファイルを見ている。手には花びらが完全に散ってしまったバラ。

N    「(観客に向かって)どうも。長丁場でしたが、お疲れ様でした。残された時間があと少ししかないと分かったら、一日一日を無駄にするわけにはいきません。そして、地位や名誉をかなぐり捨てて、何を残せるか考える。今回のあの方もそうでしたね。人生には限りがある。だからこそ、人は人でいられるのかもしれません。さて、あなたにとって……あら?」

Nの台詞中に、疲れきった山田と男登場。

男   「全く着かんやないかい!ほんまこっちで合っとんのか?」
山田  「おっかしいな。こっちでいいはず。きっと」
男   「きっとて……お前、最後の最後までなめとんのか。ベテラン言うとったやないかい!」
山田  「(引きつりながら)あははは。あ、きっとそこを曲がるんですよ!」

男、山田舞台中央ツラまで歩き、立ち止まる。

男   「(舞台から下を覗き込むように)おうおう。ここやここや!あの世なう!……ってここただのガケやないか……ほんま何しとんねん、お前!」
山田  「ノリツッコミ……どうしよ。ほんとに道迷ったかも。(胸ぐらを掴まれ)ひぃぃ。」
男    「道迷ったかも~で済むかい!どないすんねん」
山田  「あ!あそこに人が!(Nの近くまで行き)すみませーん。つかぬことをお伺いしますが、あの世ってどっちですかー?」
男    「お前、何のためにここにおんねん……ほんまもんのアホやろ……」

N、山田に手で指図する。

山田  「あ、ありがとうございます。あっちですって。ツイてますねー!」
男    「ツイてますね~ちゃうわ。お前、ほんま死神なんてやめろや」

山田と男、ぶつぶつ言いながらハケる。

N    「(二人を見送って)やれやれ。今回は何とか間に合ったようです。さて……あなたにとって、大切なものとは何でしょうか。大切な人たちに残したいものは何でしょうか?あ、そういえば、最後に部長さんが娘さんに渡した箱、あの中には何が入ってたんでしょう?……それでは、またお会いしましょう」

N、ファイルを閉じて、一礼。ハケる。
暗転。


■ 終幕 ~ カーテンコール


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